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ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ【短編小説】

蜜蜂は、赤色が見えないと言う。

紺が私の薬指にはめてくれた
ガーネットの指輪が
私には灰色にしか見えない。

紺の紅潮した頬でさえ
どんよりとした灰色に見える。

私は私の目が可笑しくなったのかと
ごしごし擦ってみた。
それが紺には私が泣いていると見えたらしい。
さらに饒舌になる紺を置いて
私の意識は16歳に戻っていた。


紅子は私にとって親友であり憧れでもあった。

黒々とした長い髪を揺らし
制服のシャツのボタンが弾けそうに膨らんだ胸。
肉付きの良い柔らかそうな手で
いつも頬杖をつき窓の外を見ていた。

入学式で紅子を見かけて以来
気がつくと私は紅子を見ていた。

あの日もそうだった。
通り雨が登校時に降って
昇降口の紅子はずぶ濡れで
柔らかい手にタオルを握り髪を拭いていた。
私は初めて紅子に声を掛けた。
「良かったら使って」
差し出した洗い立ての体操服を見て
紅子は静かに笑って、ありがとうと受け取った。

紅子の指が私の手をかすめた時
私は危うく悲鳴をあげてしまうところだった。
心臓はこれでもかと言う程に早く叩き散らして
私を硬直させた。

私はクラスに戻り、席に座ってただ想像した。
私の体操服を着て、はに噛む紅子を。
しばらくして戻ってきた紅子は濡れた制服のままだった。
「着たけど私には小さいみたい。せっかくだけど、ありがとう」
そう言って紅子は、綺麗に畳まれた私の体操服を机に置いた。

私は惨めさと悔しさと歯痒さで、紅子が立ち去ると、体操服に顔を埋めた。
紅子の甘い香りがする。
私は誰にも知られず
永遠にこの甘さに埋もれていたいと願った。

この日をきっかけに、
私と紅子は話すようになった。
本当にたわいも無い事だが、私には夢のような時間だった。
ただそれは長く続かなかった。

紅子はある日突然居なくなる事になった。
家庭の事情で、神戸に引っ越すんだと言う。
クラスでお決まりの寄せ書きや写真を撮り、
紅子のお別れ会は呆気なく終わった。

私は夕方、みんなが帰ってしまった後
ぽつんとクラスに残っていた。
紅子の椅子に座り
紅子の机に突っ伏して
泣くわけでも無く、ただそうしていた。

「寂しくなるね」
背後から甘い香りと柔らかい手が私を包んだ。
声もなく頷くと、紅子が私の髪にキスをしながら言った。
「奏が私の事を好きなの、私知ってたよ」
驚いて私が顔を上げようとすると、紅子は動かないでと囁いた。

紅子は私の髪から首にキスをしながら
「私も奏が好きよ」
その言葉を聞いて私は衝動的に立ち上がり
紅子と向き合った。
「本当に?」そう聞く私に紅子は頷くと
私の手を取って自分の胸に当てた。
シャツの上からでも、その柔らかさがわかる。
私は無意識に紅子の胸をそっと弄っていた。
紅子はそんな私を見て、優しく微笑むと言った。

「ねぇ奏、キスしよ」

紅子はぽってりとした唇を近づけ
私の少し乾いた唇に合わせた。

紅子の甘い香りに私は酔っていた。
この時間が1秒でも長くあれと、私は紅子の唇を離さまいと目を開けたくなかった。

ふっとあたたかい唇が離れた。
私は目を開けると、直ぐ目の前に紅子が居た。

私…と言う言葉を遮ったのは、意外に紅子の笑い声だった。
ひとしきり笑うと紅子は廊下に向かって叫んだ。
「ねぇ、撮れた?最高じゃない、これ」

その声に流される様に、廊下から笑いながら数人が携帯を手に入ってきた。
「これ、マジの純愛ぽくね?」
1人が笑った。
「綺麗に編集したら回数いけんじゃない?」
別の誰かが携帯を見つめ忙しなく指を動かしている。

私は紅子の笑い声を聞きながら全てを理解した。

私は無機質にバックを握ると、ドアに向かった。
その私の肩を紅子が掴んで引き留めた。
そして私の前に立つと紅子は、肉付きの良い柔らかい手で、私の頬を挟んだ。 

「奏の純愛嫌いじゃないわよ、私。キスだって悪くなかったでしょ。お別れのキスよ。私から奏への。奏みたいに華奢な子の体操服が私に合う訳ないじゃ無い。嫌がらせかしらって初めは思ったけど、ただ奏は私が好きなだけだったのよね。好きな人からのご褒美のキスだなんて、幸せよね」

私はその手を振り払うと、クラスを出た。

それから2度と紅子の事を思い出す事は無かった。
私と紅子のキスが面白おかしくネットに加工され流れたらしいけれど、そんな事はもう私にはかすり傷くらいの痛みでしかなかった。

紅子のキスは私にとって、蜜蜂に刺されたように
私の心の虚無感を腫らし
虚偽心を腫らし、その痛みは引くことがなかった。


それから私は高校を卒業し大学を経て
仕事に就いた。
念願の独り暮らしもスタートさせ
ある集まりで、紺と出会った。

言わばエリートと言われる紺は
ちやほやされて来ただろうが
自惚れがまるで無かった。
逆にしつこく付き纏う女性に辟易しているほど
純朴で真っ直ぐな人だった。
私と紺は出会って直ぐ惹かれあい
付き合いだした。

彼に付き纏う女性は何人か居たが
紺に正式な彼女からが出来たと知って、徐々に離れていった。
紺の友人が言うには、高校生の頃からずっとモテて来たらしい。
家は代々続く医者の家系で、紺は医者は目指さなかったものの、弁護士を目指す優等生だった。
言い寄ってくる子は、可愛らしいとは思うけれど、そもそも恋愛に興味が全く無かったらしい。
大学も同じで、紺は言い寄ってくる子に見向きもしなかったらしい。
1度、サークルの子にデートに誘われたが、笑い方が下品だったとかで2度と2人だけで出掛けた事は無かったと話してくれた。
付き合い始めて直ぐに大学時代の写真を見せてもらったけれど、確かに紺は目立ちはしないが、優しい笑顔をした好青年だった。

「そんなあなたが何故私を選んだの?」
そう聞くと紺は私を抱き寄せ
「奏は僕って生身の僕を見てくれるから。僕の周りについている家柄や仕事やらの付属品には興味がないみたいにね。
僕は僕だけを見てくれる人がいいんだ。
それに僕は奏に心底惚れてるんだよ。心も身体も奏が1番なんだ」


紺と私は3年間を一緒に過ごし
私の26回目の誕生日の今日、結婚を申し込まれた。薬指のガーネットの指輪はやはり灰色にしか見えない。

私は笑った。
くすくすっと笑って紺の胸に顔を埋めた。
紺はそんな私が愛おしいとばかりに、きつく抱きしめてくれた。  


私は紺に見せられた大学時代の写真に、懐かしい顔を見つけていた。
16歳の私がずっと見つめていた顔。
ぽってりとした甘い唇。
触ってくれと言わんばかりに揺れる胸。


「紅子、再会が結婚式だなんて待ち遠しくて堪らない。あなたが欲しかった唇を私が目の前で重ねてあげる。
今度も上手く撮ってよね。私の純愛なのよ。
これはさよならのキス。あなたがあの時私を刺した痛みとのお別れ。どうか祝福して頂戴ね」


私は顔を上げ紺の顔を見た。

空は青く
樹々の葉は緑で
足元の花は黄色であったが
ただ薬指の石は灰色をしていた。


蜜蜂は赤色が見えないと言う。


紅子の毒なのか
私自身の毒なのかわからない。
じわじわと
蜜蜂になる自分に笑いが止まらなかった。


懲りずにまた小説を書いてみました( ´ ▽ ` )
息子が虫の図鑑を見ていて、虫の見え方が面白いと思った事と、私が女子校出身で無きにしも非ず…←私はありませんでしたが💦な、そんな事を書きたいなと書きました。
読んで頂き、ありがとうございます( ´ ▽ ` )✨




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