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つぎはぎを繋げて【最終話】

「先生、もう誤魔化す必要はないよ。
僕は僕の顔や手を見るとそれが嘘じゃないって分かるんだ」

先生は俯いたまま静かに立ち上がって
回診が全て終わったらまた君の病室に来るよ、と言って出て行った。

先生のあの様子だと、僕の仮説は間違ってなかったようだ。

僕はベッドから降りると本棚に向かい、
その中から迷わず1冊を取り出した。
大切に挟んである栞を取り出すと
抱き合う2人の男の絵を見た。
これは父と春日居先生みたいだ。

ギリギリッと頭が痛くなる。
母の頭が僕の考えを邪魔するけど、
きっとそうに違いない。
栞を持つ手のほくろを見る。
うん、そうだね。
ねぇさんもきっとこの事を知ったのかな?
だから日本を離れ遠いドイツって国に居たの?

だったらなぜ帰ってきたのさ。
何も知らなかったのは僕だけだったって事かな。

窓の外の桜の木が枝を揺らして、
こちらこちらと呼んでいる様な気がした。
僕は部屋を出ると
詰所の看護師さんに桜の木の下まで散歩に行って来ますと伝えると陽が眩しい外へと歩き出した。

ベンチの周りは
さわさわと葉が立てる音しかなかった。

僕は自分のつぎはぎの手を見た。
そして頭と顔を触った。
僕はどこからが本来の僕なのだろう。
そんな事を思っていると
春日居先生がゆっくり歩いてこちらに来るのが見えた。

「もう1人で散歩が出来るようにもなったんだね」
そう言うと僕の座るベンチの横に座った。

僕が死んで随分と時間が経ったんだね、と
言うと君は死んでなかったよと先生は答えた。

「いや、正しく言うなら死んでた。
君と言う人間は死んでいたんだよ。
手足が潰れた車体に押されて潰されていた。
顔も前のシートにめり込んでね。ただその他の臓器は正常だった。
脳死だよ。運転していた君のお姉さんも、助手席の恭一、君のお父さんも瀕死だった。
後方から追突した君のお母さんは君たちの車がクッションになったのか、数十メートル下の崖に同じように落ちたけれど、まだ状態が良かった。
怜美さんが好きだった赤のベンツでね、頑丈だったのも幸いだったのかも知れないよ。
君たち家族が運ばれてきた時、僕は迷いなんて一切なかった。
一番体の状態が良い君を残そうと思った。
お姉さんの手は神経も血管も奇跡的に無傷だった。プロのピアニストだったからね。とっさに手を守ったのかもしれない。それに母親の身体は手の施しようが無いほど損傷が酷かったけれど、不思議と脳だけは正常に動いていたのさ」

先生は深いため息をついて続けた。

「恭一はね、残念だけれど何も無いほど、どうしようもなかった。
大きいけれど長い指も、骨ばった肩も大きく張り出した腰も何もかも壊れて砕けていたよ。
お姉さんの手と母親の脳、つまり頭部を脳死した君に繋いだんだ。そして君の顔を作る時、どうしても私は恭一の顔を残したかった。恭一全てを失う事を、私は受け入れられなかった。それはエゴだと認めるよ。
けれど、見てごらん、つぎはぎの君は完成している。手はピアノを覚えているし脳は言語能力を失っていなかった。多くの記憶が失われたけれど君は君の家族を繋いで生きている。それって凄い奇跡な事だと思わないかい」

そう言う春日居先生の顔は恍惚としていた。

「お母さんが悪魔になったのは先生とお父さんのせいでしょ」

先生は僕の顔をじっと見て、それからまた視線を地面に落とした。

蟻がせわしなく列をなして行き来している。

「私と恭一は学生時代からずっと愛し合っていた。誰が誰を愛しても構わない。男とか女とかそれより先に私達には愛があったんだ。」

僕は手に持っていた栞を先生に渡した。
先生は抱き合う2人の絵を見て大きく息をついた。

「あぁそうだね。君の脳の怜美さんは拒否するだろう。怜美さんが恭一を見初めたんだ。どれだけ拒否しても怜美さんも恭一を諦めなかった」

蟻の行列の先には死んだ蜘蛛が仰向けにひっくり返っている。
それを何匹とも分からない蟻が群がって引っ張っていた。

「怜美さんはある日、恭一を呼び出し薬を使って眠らせ恭一の精子を奪った。それで出来たのが君の姉さんと君だ。
恭一は全てのいきさつを知りながらも大きな取引をした。虚偽の家族、そこには愛が無い事も承知の上でね。でも怜美さんは違ったんだ。家族と言う事実に望みをかけたのかな」

蟻はひっくり返った蜘蛛をじりじりと動かしている。
僕は蟻だろうか、それとも蜘蛛なんだろうか。

春日居先生はゆっくりと穏やかないつもの声で続けた。

「ずっと私と恭一は何も変わらなかった。それを怜美さんは赦せなかったんだ。
ある日、君の姉さんに全て話してしまった。
一生虚偽の家族でいる取引を破ってね。
紗理さんは可哀そうだった。知らなくていい真実を知らされたのだからね。紗理さんは苦痛から逃げるようにドイツに行った」

蜘蛛は徐々に蟻の巣穴に近くなっていた。
あんな大きな蜘蛛をどうやって巣穴に入れるんだろう。
僕はぼんやりと蟻の仕事を見つめていた。

「久しぶりに帰国したあの日、君たちは家族で食事を楽しんでいた。お酒を飲んだ恭一に変って紗理さんが運転したんだろうね。警察もそう言っていたよ。怜美さんはお気に入りの赤いワンピースを着ていたよ。その席で紗理さんは恭一に父親に全てを聞き、許すと言ったそうだ。理由はわからないけれど、紗理さんも人を愛したのかも知れない」

蟻は蜘蛛を小さく小さく分解し始めた。
手足をちぎり、頭をちぎり・・・。

僕は見つめる自分が泣いている事に気が付いた。この涙は何だろう。
家族の記憶を知ったから?
いや、違う。
僕は蜘蛛の方だ。
蟻を満たすために
死んでもその尊厳は無く、
ぶつぶつと細かくちぎられてしまうんだ。

「そうだね、始めは怜美さんが悪魔だと思っていた。けど今思うと、私も恭一も悪魔の素質を持っていたのだろうな。
取引などするべきじゃなかったんだよ。
人の命をそう扱った事からもう皆が悪魔だろうね」


涙を拭こうとして
僕は自分の白い服の袖を目元にやると
赤い糸くずがついていた。

そう言えば赤い爪が恋しい気もする。

頭の中がチリチリとする。
蜘蛛は随分とバラバラにされて
蟻たちの巣穴に手足が
ずるずると引きずり込まれていた。

その穴に入ってしまったら
もうゲームオーバーって事なのかい?
それじゃあ悲しすぎるね。

「イエユウレイグモだね」
先生は僕の目線の先を見て言った。

「先生は蜘蛛も詳しいんだね」
そう言うと少し笑って
「いや、僕じゃないよ。僕は苦手なんだ。
恭一が詳しくてね、それは害虫を駆除してくれるから怖がらなくていいって教えてくれたんだ」

あぁ、頭が痛い。
何かに刺されている様な痛みがする。
先生に言った方が良いのだろうか
そう思っていると、そうそうと先生は続けた。

「イエユウレイグモはね、卵を孵化するまで口に咥えているんだ。変っているだろう」


僕はズキズキする頭で蜘蛛の頭部を見た。

「どうしたんだい?何か可笑しかったかな?」

春日居先生は僕を覗き込んでいる。

僕は頭から聞こえる笑い声を止める事が
出来なかった。

ゲームはまだ終わってなかったね。
君は自分が死んでも卵は守った。
それが蟻の巣穴に入るんだね。
それってどうなるのかなぁ。
楽しみで仕方ないよ。

蟻たちが必死に
蜘蛛の頭部を巣穴に入れてしまったのを見て
僕は立ち上がった。
そして僕は蟻の列を足で踏み付けた。

残念だなぁ。蟻は赤い血じゃないんだ。

「春日居先生、もう部屋に戻ろう。
僕は先生が言う様に家族を繋いで出来ているんだ。素晴らしい事だと思って生きるよ」

足元で蟻が散り散りになっていく。
どうせ巣穴に帰っても
蜘蛛が生まれて食われてしまうよ。
ここで死んでも良いじゃないか。


あの日から
僕は何だかとてもスッキリしている。
頭はズキズキと時に痛むけれど
家族の事が分かって
やっぱり記憶は相変わらず無いけれど
それでも良いんだ。

ドアをコンコンとたたく音がする。
「待ってた!!」
僕はベットから跳ね起きると
看護師さんが抱える箱を奪った。
あらあらと笑う声を背中に
僕は箱を開けてバリバリと中のものを出した。

「ネットで服を買いたいなんて、
すっかりティーンになったのね」
笑いながら部屋を出て行った看護師さんに見向きもせず、僕はビニールから出した服を胸に抱いた。

「あぁ、これが着たかった」

僕は鏡に映る、真っ赤なシャツの僕に
うっとりした気持ちでいた。

僕は赤がよく似合う。


終わり。




久しぶりに小説に挑戦しましたが
やっぱり難しいですね💦

①と②はこちらです↓( ´ ▽ ` )

お読み頂き、
本当にありがとうございました😊
まだまだ練習します!



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