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47都道府県の純喫茶

どこの街にもだいたいある喫茶店。カフェではなく喫茶店。
その魅力は一体どこにあるのかを教えてくれる一冊である。

副題に『愛すべき110軒の記録と記憶』とあるように、店が始まった経緯などの"記録"と店主やお客さんが紡いできたその店にしかない"記憶"が語られている。


店主による店の始まりの物語は「喫茶店をやりたい」という確固たる意思よりも、偶然の出会いや時代の流れで開くことになったというのが結構多い。
学生時代のアルバイトからそのまま、親の店から転向して、おまけのような喫茶部門がいつの間にか独立、などなど。
どのお店にも感じられるのは、きっと縁があったんだろうなということ。場所や人との縁が何十年と続く素敵な店を生み出したのだ。

紹介される110軒の中で6度も出てくる邪宗門。かつて東京にあった国立邪宗門の門主・名和さんから始まって、名和さんに憧れて店を開いた人、その人からさらに縁をもらって店を開く人…とどんどん広まっていった珍しいお店たちなのだ。チェーン店でもなく暖簾分けともちょっと違う、個々の店が独立性を保ちながらも時に助け合い続いていく。これこそ縁だと思う。


喫茶店は店主の好みや性格が如実に表現されるのも一つ特徴として挙げられるだろう。
内装は店主の好きな船艇をイメージしていたり(珈琲艇キャビン)、「親戚が自慢したくなるようなお店に」と神殿のような豪華さがあったり(王朝喫茶寛山)する。
メニューもまた、物資難の中で苦労して手に入れた生クリームを使ったパフェが人気になって定着したり(パーラーコイズミ)、老舗洋食店から継承した玉子サンドがあったり(喫茶マドラグ)。
どこも人柄ならぬ店柄が個性的で同じ場所は一つとない。


そして、どの喫茶店にもお客さんとの大切な"記憶"がある。

「この辺は飲食店が多いやろ。今と違おて昔の居酒屋は夜にならないと店が開かんから、仕事が終わったらいっぺんジャストに集合して、ここで時間を潰して居酒屋に行くという客が大勢おった」 〈高知・喫茶ジャスト〉

「夕方に店を閉めようとシャッターを下ろしていたら『ひまわりがまだあった!』という声が聞こえたの。その人は昔、うちの二階でお見合いをして奥さんと結ばれたの。五十年ぶりに来たんだって」 〈青森・名曲と珈琲ひまわり〉

寡黙な店主もいれば色々話かけてくれる店主もいるが、どこもお客さんを大切に想う気持ちは一緒でそれが伝わってくるから愛される店になっていくのだと思う。"記憶"は目に見えないけれど確かにその店にあるのだ。


自分も喫茶店が好きで地元の店も行くし各地を巡ることもある。
個人的喫茶店の好きポイントは、その店が過ごしてきた時間の長さを感じられること。色褪せた壁紙や家具、破れた跡の見えるソファなどは自分が訪れる前の"記憶"を想起させる。素朴なサンドイッチやご飯類は作ってくれた人の雰囲気が伝わる、家庭の味に近くて安心するところもいい。それから人の気配を感じながら一人になれる。店主と常連さんの会話を小耳に挟みながら読書をする時間がほどよく楽しくて好きなのだ。

特に地方の喫茶店というのは入ってそこに居ると自分も街の一部になったような気持ちになれるのがいい。
この本を携えて、また旅に出かけたくなった。


出典:『47都道府県の純喫茶 愛すべき110軒の記録と記憶』 山之内遼
   実業之日本社

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