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赤い月の香り

千早茜といえば『しろがねの葉』で直木賞を受賞した作家であり、それを機に名前を知った。以前読んだ違う作品が好みだったので手に取ってみたが、装丁の印象だけならおそらく自分は選ばないだろう。タイトルの『赤い月』といい黒背景に赤いザクロと灰色の手という少し不気味な表紙である。


この作品のキーワードは「月」と「匂い」。赤い月に執着されている朝倉満、すべての匂いを感じ取って生きる小川朔、二人が感じている世界を繊細で緻密な言葉が描写する。

瑞々しい野菜や果実を切った時のような匂いがした。苦みを帯びた、青いひんやりした粒子が鼻先で弾け、吸い込むと苔や根を思わせる深い余韻となって胸の奥に落ちていった。

特に印象強かったのは人の体臭について。

「体臭を求めるってことがどういう執着かわかるだろう。唯一無二の欲望だ。人はね、いや、ほとんどの動物は、匂いに抗えないんだ。」

自分の体臭は嗅ぎすぎて分からないが、確かに体臭は人によって違う。人と対峙する時、体臭を直感的に嗅ぎとり好きか嫌いかを判断しているということで、自分の場合は好きじゃない匂いなら分かる。人間の身体はすごく敏感で精巧なんだなと思った。

また喜怒哀楽などの感情で分泌物が変化し
体臭も変わるというのは聞いたことがあり、それで相手の気持ちを窺い知ることができたら楽なのかなと思った。が、感じた相手の意思が自分にとってマイナスなものだったら嫌だなとも考えたので、結論は出せない。

私たちは匂いに囲まれている。植物、土、人、鉱物、様々なものはすべて匂いをもっているということをこの作品から改めて気付かされた
「いい匂い」「嫌な匂い」と意識することもあるが、無意識の中で色々な匂いが混在していてそれを嗅いでいるのだと思うと、とても不思議だ。
その匂いをすべて感じている朔の世界は一体どんなだろうと想像する。自分なら、騒がしくて正常を保てないかもしれない。
それでも心地よい香りを感じて自分を鎮めたり慰める時が朔にもあったらいいなと祈った。



作品中に登場する様々な植物とその効能も詳細に書かれていて興味をそそられた。橙、セージやミントのハーブ類、フローレンスフェンネル、芍薬、ジャスミン...。そういえばどれも明確に香りを思い出せない自分はいかに周囲にあるものの匂いを意識してなかったか思い知らされる。
これから匂いを意識して生活してみたら、自分の日常はどう変化するだろうか。
やってみよう。


出典:『赤い月の香り』千早茜
    集英社



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