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私のノスタルジア

バイトが終わり、いつものショッピングモールの一角にある食品売り場で今日の夕飯を選んでいると、ふと地元のスーパーのことを思い出した。

少し私の故郷の話をしよう。

四季ごとに違った彩りを見せる豊かな自然

澄み渡る空気のなかで佇む古き良き街並み

時に軽やかに、時にやかましく鳴り響くクマ鈴を付けて登校する小学生

「おはようございます」と言えば、
「おはよう!今日は寒いね〜」
とプラス一言加えて返してくれるおばあちゃん

私はそんなやさしさと魅力に囲まれた町で生まれ育った。

ただ、この町は良くも悪くも『大田舎』
正直不便な点をあげだすとキリがない。

電車は2時間に1本あれば良い方で、終電も夜8時前後。

私が小学生のときに誕生して歓喜したこの町唯一のコンビニは、今では夜の10時に閉まる。

マクドナルドへ行くには車を走らせること50分、
イオンシネマへ行くには1時間半。

この町には、食品が十分に揃うスーパーも
1軒しかない。

良いところもたくさんあるが、すぐ思いつく悪口の数にはきっと及ばない。

歴史や偉人の誕生の地であり、その旧居や建築物、当時の街並みが残っていることから観光地なんて呼ばれることもあるけれど、住民目線で見ると、街のインフラが十分に整備されているとは到底思えない。大学進学を機にこの町を出てつくづくそう思う。

だけれど、そんな町でも誇れる点はある。

あのスーパーへ行けば誰かに会えた。

町で唯一まともに買い物ができる灰色の塗装がされたスーパー。もうほぼ100%と言っていいほど、知り合いに会う。友達から、友達の両親から、近所のおばさんから、部活の顧問まで。出会う層は広い。適当にフラーっと店に入ると毎度誰かしらと目が合い、頭を下げる。
考えてみれば当たり前だ。この町で手軽に夕食の材料や日用品を揃えるには、そこしかないのだから。そんなことは小さい頃からわかっている。それをわかったうえでも、やっぱりあの遭遇率には驚く。終礼で1度はサヨナラを交わした担任教師と2時間後に私服で再び遭遇する気まずさは言うまでもない。
「また会った…」


あるお母さんは
私を見かけると
「なをくん!!」と必ず手を振ってくれ、

あるお母さんは
野球の成績を褒めてくれ、

あるお母さんは
毎回足を止めて、興味深そうに私の近況を聞いてくれた。

(皆お母さんやないかい笑)

話の内容はほぼ覚えていないが、
私の話を聞いてくれる笑顔や相槌が
心の奥を安心させたのはよく覚えている。

もちろん
1度クラブ活動でけん玉を教わったのあるおじいちゃんから会う度に「身長が伸びた」と一方的に豪語されたことも、
(中2で止まっとるわ)

クラスの気になる子をお菓子コーナーで頻繁に目撃したことも、

油断していると登場する野球部の監督に背筋を凍らせたことも、

どっかで会ったのだけれど一体誰でしたっけレベルの人が、気さくに声を掛けジュースを奢ってくれたことも、

決して忘れてはいない。

思春期真っ只中だったせいか
買い物に行って知り合いに会うことが
面倒に思えたり、恥ずかしく思えたりして
この田舎に、スーパーに嫌気がさした時期もあった。早く都市部へ出たいと思ったこともあった。

それでも日が経つと、
「今日はあの人と会えないかなあ」
「最近○○さん見ないけどどうしてるんだろう」なんて考えながらスーパーへ足を踏み入れる自分がいた。

当時の私は、両親に面と向かって本心を話すことがほとんどなかったこともあり、あの場での私はおそらく普段より饒舌だった。

溜め込んだ悩みやストレスで私が非行に走らずに済んだのは、地域住民との距離感の近さと決して踏み込みすぎない按配が気持ちを楽にさせたからかもしれない。

また、昔からさほど社交的ではなかった私に
人のあたたかさと、人に寄り添うことの尊さを教えてくれたのは、きっとああいう時間だった。

あそこは、ただのくたびれたスーパーなんかじゃない。
他に行くスーパーがないから、仕方なしに行っていたのではない。

行きたくて行っていた。
誰かに会いたくて、救われたくて、行っていた。

人口も遊ぶ場所も少ないのに、
私は1度たりとも孤独を感じたことはなかった。

これがどれ程恵まれていることか
今ならよくわかる。

また、
なんでもないようなスーパーでの買い物の一部始終をこれだけ鮮明に覚えているぐらいだから

自分が思っている以上に私は
あのスーパーを、あの町を、あの町の人々を

愛していたのだと思う。



時を経て今
私は県外で一人暮らしをする大学生。

あのスーパーの2倍はでかい食品売り場で
閉店間際の値引きされた惣菜を物色しながら
少しだけ泣きそうになった冬の宵だった。

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