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【創作】草生えるw 4/5【小説】

■本編 第四章 木曜日

◆動物の時点で失敗だった。
職場に居る間の、知的な興味や好意や慈しみの感情等の快楽一切から遠ざけられている9時間の苦痛は、脳が壊れると感じるレベルだ。
好きな物が無い=楽しくない=プラマイゼロでは無く、楽しくない=苦痛=マイナスなのだ。
快楽物質が全く放出されない状態=何も感じない、では無く、ジワジワと苦痛を感じる仕組みになっているのだ。

人の、動物の体は「何も悪い事をしなければ何も罰を受けない」では無く、「罰を上回るご褒美を自ら獲得しに常に動かなければ、存在しているだけでジワジワ罰を受け続ける」胸糞仕様になっている。

その上、生き物が持たされた性質や能力は、先天的後天的にノックアウトされる事がある。
例えば色素の生成、例えば唾液の分泌、そして快楽や苦痛を感じる物質の分泌や感受性などなど。
快楽や幸福を感じる物質の分泌や感受性がノックアウトされれば、何も悪い事はしていないのにただ生きているだけで苦痛を感じる、生きている事が苦痛でしかない状態に置かれる事になる。
苦痛と快楽で動物を操ろうとした傲慢な「誰か」は自分が作った仕組みの割りを食った人間の悲劇など我関せずだ。

そしてその胸糞仕様は心だけで無く体にも適用されている。
寝転んでいるだけ、立っているだけ、座っているだけで体はどんどんダメージを受けている。
普段は新陳代謝でどんどん傷んだ細胞を置き換える事で誤魔化しているが、ビタミン不足などでそれが適わなくなると、少し無理な体勢で寝ているだけで粘膜部分に炎症が顕れたりする。
新陳代謝が衰えて細胞の置き換えが間に合わなくなると体の傷みが目立つようになり、老い、弱り、死へと向かう。
この加齢による新陳代謝の衰え自体も仕組まれたものの可能性が高い。

生き物に試しに「苦痛」と言う仕組みを与えてみたら異様に効率良く発展しだしたので、それがベースに採用された。
その生き物本体の幸せは知った事では無いらしい。
我々は常に苦痛に脅かされ、動いて食べて自分ではない誰かの意図に忖度して生きるようにされた。

しかし、そんな自分が幸せになるためではない命なら、懸命になって継いで発展させる意味なんか、その命を押し付けられた生命のどこにあると言うのだろう。

◆木曜日の朝、休みまで後2日。
人である事どころか、動物である事にすら否定的な俺の名は「幌別(ほろべつ) 曽我(そが)」。
数十年勤めた人の退職金が200万あるかないか、ボーナスはあっても0.5ヶ月、給料は手取り20万前後の糞みたいな会社の糞社員。
安心して転職活動できるだけの貯金は無い。
今を生きるだけで精一杯だ。
そもそも社会が変わらなければ、時間か金か、できればその両方を正当に得られる職場が弱者に回って来る事は無いだろう。
産まれて来たく無かった。

「これはダメだろ。」
出勤するためにアパートの外に出て目の前の歩道を見た俺のファースト・インプレッション。
ちなみに、異常事態でない普段、出勤のために家の外に一歩を踏み出した俺の頭に浮かぶ一言は「帰りたい。」だ。

おそらく月曜日から起こっていた植物の異常繁殖。
木曜日の今朝、道の継ぎ目、段差から生えていた雑草は胸の高さまで伸び、濃く茂っている。
最早歩道は藪の中にひび割れたアスファルトの道が細く生き残っている状態だ。
車道は優先的に除草されているようでひび割れなんかも歩道より大分マシだ。
そのせいか歩行者が車道を歩いてしまい、車の通行を妨げている。
道端に昨日業者が切ったらしい桜の枝が置かれているが、それが一晩で根を張り、大量に芽吹き、更にその若芽から花芽が出ている。
狂ったように咲いている桜の花びらがあちこちに積もって春の強風に煽られて桜吹雪が発生している。
もうむちゃくちゃだ。

ネットで電車の運行状況を確認すると、本数を減らしてはいるが運休はせず動いているとの事。
いや動かすな運休しろボケ。

駅に着くと案の定、俺と同じに「休んでも社会になんの影響もないのに意味のない勤勉さを要求された」らしき出勤者で大混雑していた。
ホームから駅構内を超え、駅の外迄行列になっている。
命も感情も取りあげられて並ばされた黒い集合体にゾッとした。
俺もその一部なんだが。

職場に遅刻の連絡を入れたら「そんな事は予想して混雑前に早く出て来い」との💩上司のお言葉w
増えた通勤時間分金くれるのかよ。
なんで自分の時間削って早く出て、始業まで時間潰して一生懸命出社したがると思うのか。
混雑した駅や電車で圧死するリスクを負う気なんかサラサラ無いので、駅近のカフェで駅が空くまでネットしながら過ごしてから出社した。
休日と違ってカフェに入ってもビタイチ楽しくも無いのに、出勤時に余計な金なんか使いたくも無い。
たが外で立ちっぱなしで過ごした場合の疲れを考えてコーヒー一杯の金は泣き寝入りして出す事にした。

◆半休使わされそうだから現場に顔出すの午後からでいいよな。
11時過ぎに会社最寄り駅に到着した俺はそう考えた。
この時間の出社だと、半休使わされるだろうし、使わせた上で昼休み迄平気で無給で何かさせられる。
そう言う扱いを受けている人を何度も見た。

職場近くの道をのそのそ歩きながら公園に向かおうとした所、後ろから来た太子さんに不必要にデカい声で「何やってんの!?遅刻!?」と責めるように叫ばれた。
お前もな。
責められる筋合いも相手する筋合いも無いので、無視してのろのろ歩いていると、俺の足を蹴りそうな距離まで来て追い立てるように後ろを歩いて来た。
気持ちの悪い距離で、弱々しい男子を叱咤して導く強い女子なワタシの小芝居ひとり劇場を開演する太子さん。
浅ましい烏滸がましい願望見せつけてくるな。醜い反吐が出る。
あと背後霊距離やめろ。
純粋に鬱陶しいから頼むから近くに居るな。どっか行ってくれ。

そんなこんなで職場がテナントとして入っているオフィスビルの前まで来てしまった。
嫌だな、このまま出社したら絶対半端なタダ働きさせられるのにと思ったが、それは杞憂だった。

伸びた街路樹の枝葉に押され、蔦に接合部を侵食されたビルの看板が、街路樹の枝葉を巻き込みながら落ちてビルの入口を塞いでいた。
中に入れない。
朝💩上司に連絡したときは何も言って無かったから、おそらくその後、出社する人間(と言っても稼働してるのウチのフロアだけっぽい)が途絶えた間に落ちたんだろう。
枝がクッションになって大きな音がしなかったんだろうな。
これは現場に連絡して入口を片付けて貰うまで何もできないな、うん。
昼前の空いてるカフェに陣取って過ごすか?いや、なんなら帰宅しても良いんじゃね?これ?
スマホを取り出しながらそう考えていたところ、太子さんがまた無駄にデカい声を出した。

◆最終公演
「またサボろうと思ってるんでしょ!嫌な事から逃げてばっかりだねッ!!」

眼の前にいる人間に話すのにその音量要らねえんだよ。
お前自身が自分を直視する事から逃げるな。
一々小芝居見て欲しがるんじゃねえ。
自分のまんまで居られないほどコンプレックス強いのは、まあ、容姿見て分かります。

「こっちから非常口に回ればいいだけでしょ!?ホラ、早く!!」

行くなら人に言ってないで1人で勝手に行け。植栽がバーサクして草ボーボーの、何がどうなってるか分からない場所を通って。
無視して💩上司に電話しようとしたら、手を掴まうとして来たので流石にゾッとして「何のつもりだ!触るな!」と嫌悪丸出しの声と目つきで強く言った。
「セクハラは男から女に対する物だけじゃ無いんですよ。」「ひとりで勝手に喋ってた変な話といい、気持ちの悪い人だなアンタ。」頭幼稚園児人間が凄く嫌がる、相手を完全に見下して一切認めず切って捨てるような冷たい口調で告げた。
太子さんのような人間が嫌うヤンキーやギャルがこの手の人間を拒絶する時の態度に学んだ。

太子さんはムッとして、だがなおも機嫌を取ったり迎合するのを待つようにこっちを見たが、俺が軽蔑と嫌悪を込めて無言で見下して居ると、諦めて一人で草ボーボーのビルの横に回った。
自分で言った通り非常口を目指したんだろう。
すぐに太子さんの太くて短い姿は藪に隠れた。

「きゃっ!?」

太子さんの短い悲鳴が上がった。
普段の小芝居してる時の作り声の方が(おそらく)最期の悲鳴より余程デカかったのにはワロタ。

太子さんの向かったビルの横手には、デザイン性を優先させた《低いガードしかない》地下駐車場に降りる階段があった。
視界が開けている普段から「これ、まあまあ危ないな…」と思っていた場所だ。
こんな草ボーボーになってる時にその付近をズカズカ歩くなんて何を考えてたんだろう。気が知れない。

俺はビルの入口が塞がっている事と、太子さんが事故にあったかも知れない事を電話で💩上司に伝えた。
💩上司に様子を見に行けと無茶を言われたが、二次遭難を理由に断固拒否した。

カフェに避難していた俺の元に💩上司が来た。
非常口からビルの壁伝いに藪漕いで出てきたそうな。
(なんでそうまでしてアンタが来るのか)客先の人は来ないのかと聞いたら、今日の客先の出勤者は太子さんだけだと……ええ…?
ますます何のためにフロア開けてるんだろう。
まあいい、流石に事故まで起こったんだ、草を刈ったり建物を補修するまで休みになるだろうと思ったら、ウチの業務自体は続行するそうだ。

◆人が死んでんねんで!?(多分)
流石にもう少し異常事態に深刻になれよ、ホント馬鹿じゃねーの?と思ったが、俺自身は警察の実況見分に付き合い、警察署で調書を取った後、パトカーで自宅近くまで送って貰って仕事には参加しないで済んだからまあ良かった。
何でこの人らはそこまで「いつも通り」に拘るかな?

警察や消防の相手をしに行く前に💩上司が「マズイ事になったなーw」と少し嬉しそうに、俺をチラチラ見ながらグチグチ言っていたのだが、太子さんは客先会社の専務の姪御さんなんだそうな。
なんと、本名「麗緒」さんwww

客先専務はこことは離れた客先会社の本社に居るんで写真でしか見た事ないが、顔はともかく体つきは太子さんにそっくりだった。
おそらく一族郎党ずんぐりむっくり。
おまけにもう結構なおじいさんだったので、よっぽど年の離れた兄弟姉妹じゃ無ければ、太子さんの親も結構な高齢だろう。

金持ち一族の中に高齢親の分不相応な期待を背負わされて産まれたずんぐりどんくさ小娘か。
ああなった理由分かるわ。
分かっても舐めてタゲられて嫌がらせされてた俺にとっては嫌な奴である事に何の変わりも無いけども。
あと、フラフラしてても許されてた理由と、ぞんざいにも一応お世話係いた理由も分かったわ。

💩上司が「専務を怒らせて契約切られるかもw」だの「お前がすぐに様子を見に行っていたらなーw」だの言って来たが、専務には太子さんへのそこまでの執着は無いと思う。
コネ入社まではさせたけど手元に置くでも無し、電車通勤させてるし。
少なくとも娘代わりとか、親戚の中の可愛い特別な子扱いでは無いだろう。
救助に向かわなかった事も二次遭難を避けたと言う、まともな人間なら誰しも納得する至極もっともな理由がある。

後、やはり様子なんか見に行かなくて良かった。
道や草むらに俺の足跡は無いから、もし俺が突き落としたと疑われたとしても調べればすぐに潔白が判明する。
頭の中💩の言う事はやっぱり聞いたら駄目だな。

更に「お前、麗緒さんに気に入られてたのになーw残念だったなーw」とかも言って来た。
脳みそ💩。
あれは弱い者が更に弱い者を蹴飛ばしていただけの構図だ。
あれが好意に見えていたとしたら本当に色々とヤバい。

調書を取った後、パトカーで送って貰えて助かった。
ネットを見たら案の定、電車が止まり、帰宅難民が大量発生していたからだ。
だから電車は朝から止めとけと。
仕事してたら俺も帰れなかっただろうなこれ。
仕事が終わってやっと一人で過ごせる時間を取り上げられたらマジでなんのために生きているのか分からなくなる。
まかり間違って最期の瞬間を会社の人間と過ごす事になったりしたら死んでも死にきれない。
それは絶対に嫌だ。

そもそも俺は死ぬ時は一人がいい。
最期は家族に囲まれて死にたいとか、孤独死は嫌だと言う人も居るが、俺はむしろ反対だ。
死ぬ瞬間まで誰かの勝手な思い込みで手出し口出しいじくられたく無い。
本心では好きでもなんでもない人間相手に機嫌を損ねないよう芝居させられながら死ぬなんてごめんだ。

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