Life Goes On -太陽が沈んでも- ep.4 急なカミングアウト
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4.急なカミングアウト
急に別の声が聞こえて、死ぬかと思った。叫びそうになって、とっさに口を押さえて前を見ると、薄暗い廊下の突き当たりに人が立ってる。
アカネか?
一瞬本気でそう思って、でもすぐに現実に戻った。何のことはねえ、あれはまさしの野郎だ。よっぽど疲れてたのか、あいつが勝手にドアを開けて、家の中に上がり込んだことに気付かなかった…。
いや、それよりも、あんな野郎を一瞬でもアカネだと思った自分が許せなかった。それとも、実際はあそこにまさしなんか居なくて、俺は胸クソ悪いリアルな夢でも見てるのか。
「なあ、アカネって誰よ?タカシついに彼女できた?都会の女?」
「うっせえ喋んなぶっ殺すぞテメエ」
「いや死なねーし。ていうか、それ飲んだら?」
「は?」
まさしが指したのは、さっき俺が見つけたファンタのペットボトルだ。
「手ブラで来んのも悪いと思って、さっき買っといた。好きでしょファンタ?」
「いらねーよバカ、小学生か!もうガキじゃねんだよ俺は」
「へえ?中学でも普通に飲んでたじゃん」
「うるせえ!」
あの野郎、いっつも余計なことだけは覚えてやがる…。口ではキレつつも、俺の手は勝手にペットボトルを触っていた。確かに、まだひんやり冷たい。触れるってことは夢じゃねえ…次の瞬間、自分の手がキモい動きをしてるように見えて、吐き気がしてすぐに手を離した。
「何、泥でも付いてた?」
「ちげーよ…もう帰れ」
「いや、今来たばっかだし。それに、お前ん家入るの初めてだし」
「は?お前の都合とか聞いてねーんだよ。帰れ」
「はいはい」
そう言いながら俺の隣りにしれっと座り込んで、帰る気配すらない。いつもこれだ。俺の言うことなんて聞く耳持たねえ。あのクソババアがいなくてよかったな。あいつがいたら、今頃間違いなく洗面器でボコボコにされてるぜ。それが分かってるから寄り付かなかったんだろうけどな。
お前んちの親はどっちもフヌケでバカそうだけど、家ん中でお前を殴ったり蹴ったりしねえし、一丁前に友達ヅラしてる俺に食い物も持ってくるから、それなりに便利だったよな。金さえあればお前の親買いてえなってガキの頃思ってたよ。なあ、親って相場幾らで売ってんだ?売ってる店探したけど都会にもなかったぞ。もっと若い子ならあの店にいたけど、すぐ消えたし。多分俺のせいで。
俺のせいで。皆壊れた。イくとこまでイっちまった。もう戻ってこないんだ。何もかも。
ああ、だから何だって?
俺に死ねってか?
知るかよバーカ。
あの全知全能のキチガイババアでさえ、俺を殺せなかった。都会で出会った、スーツを着たいかついゴリラと猿どもも、何ならババアより大人しいくらいだった。なら俺を殺せるのはもはや俺だけだ。違うか?
いや、あと一人いたな。俺を簡単に殺れそうな奴。これまでだって、殺ろうと思えばいつでも殺れたくせに、今もこうして貧弱なオカマを縄張りに放置してる、間抜けな男が一人。
俺だけじゃねえ。お前の周りにいるのはいつだって、お前より弱そうなガキばっかだった。そうやってボス猿気取ってる割には、ケンカも全然しねえし。いっつもヘラヘラして、訳分かんねーことばっか言うし。ほんと何考えてんだか分かんねえ奴だよ。昔っから。
「今更来たって遅えんだよ。このザマ見て何も思わねーのか」
「別に。いいじゃん、今に始まったことじゃねーし。ちゃんと家は残ってんだしさ」
「こんなもん残ってて何になんだよ。完全に事故物件だわ。ボロくてクセェし、ゴミ捨て場の方がよっぽどマシだろ!」
「いや、それはないわ!お前の臭いは…あ、これ言ってなかったっけ?俺さあ、昔からお前のクセェ臭い嗅ぐと超安心すんのよ」
「はア!?殺すぞボケ!」
なぜか知らんが、カッと頭に血が上って、とっさにファンタのペットボトルを掴んでまさしの頭を殴った。ら、ベコン…て世にも間抜けな音が響いて、危うく噴き出しそうになった。
「なに今の音!全然痛くねーし!」
まさしの奴、清々しいくらいに大口開けて笑ってやがる。こんなにバカ丸出しで笑う奴、都会には一人もいなかったぜ。久々に見たわ、本物のバカってやつを。いいよな、お前はそうやって思いっきり笑えて。すんげーマヌケなツラだよ。お前の親もきっとそうだったんだろうな。「お前がバカなのは親がバカだからだろ。俺もそうだからな」って、カバみてえな顔の先輩がよく言ってたぜ。
あのババアは、たまに機嫌がいいとテレビ見てゲラゲラ笑ってたけど、俺がああいう風にゲラゲラ笑うことなんて、きっと死ぬまでないだろう。それでも別にいい。ただ、こうしてヘラヘラ笑ってやがるお前に向かって、俺は何度「殺す」って言ったか分かんねえ。でも、俺が言葉通りにお前を殺すことはないって、今は何となく気づいてる。できるなら、とっくの昔に殺ってたはずだ。お前が、こんなやつれた姿になっちまう前に。
「あーあ!これでやっとお前の夢見なくてすむわ」
笑うだけ笑った後、目の端に涙を浮かべてお前が言った。その言葉に何の意味があるのか分からねえ。現実の俺を見て、悪い夢さえも吹っ飛んだってことなのか。あるいは、お前にも聞こえてたのか?お前を呼ぶ俺の声が。
「ああ…夢なんか見なくてもここにいるだろ。超特大の悪夢がよ」
❮End...?❯
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