【Review】2018年J1第26節 川崎フロンターレVS.北海道コンサドーレ札幌「守備の立て直しからの7得点:中村憲剛3つの凄さを添えて」
2018年J1第26節の川崎フロンターレは、7-0で北海道コンサドーレ札幌に勝利しました。今回の記事の内容は以下の通りですので、気になったところだけでも読んでいただければと思います。
震災募金に関して
ぎこちなかったビルドアップ
受けに回った右サイド
守備からの立て直し
中村憲剛の判断
中村憲剛の俯瞰
中村憲剛の支配
震災募金に関して
まずこの試合で実施された「平成30年北海道胆振(いぶり)東部地震」災害に対する「Jリーグ TEAM AS ONE」募金活動の寄付金・募金総額は338万8562円でした。三好、稲本、など川崎に所縁のある選手の存在も後押ししてくれたのでしょう。
(引用元:スポーツ報知(2018.09.20)「【川崎】札幌戦で寄付金・募金総額338万8562円…北海道胆振東部地震支援」<https://www.hochi.co.jp/soccer/national/20180920-OHT1T50127.html>)
試合に関しては、終わってみれば大勝でしたが、立ち上がりの25分だけ見ると札幌が勝ったと判断してしまう展開でした。前回対戦同様、札幌の逸失に助けられました。札幌は地震による準備不足が影響したように思います。特にビルドアップの部分で、連携不足が露呈した形になりました。
ぎこちなかった序盤のビルドアップ
川崎は立ち上がり3本の決定機を札幌に与えますが、要因としては大きくはぎこちないビルドアップと、札幌の左サイドの2点です。まずビルドアップですが、谷口と下田が上手くビルドアップに参加できませんでした。
谷口彰悟「立ち上がりバタついてしまったのは大きな反省点。個人的にも致命的になりかねないミスもあった。ルヴァンカップはボランチをやって、今回センターバックで入って、多少感覚のずれがあるかもしれないとは想定していたが、それにしても危ないことをやってしまった。そこは反省しないと。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP(2018.09.15)「ゲーム記録: 2018 明治安田生命J1リーグ 第26節 vs.北海道コンサドーレ札幌」< http://www.frontale.co.jp/goto_game/2018/j_league1/26.html >)
下田北斗「フロンターレらしい攻撃的なサッカーに溶け込んでやりたかったが、前半バタバタしてしまったし、個人的には課題が残るゲームだった。」
(引用元:同上)
谷口はポジションによる違和感を原因にあげていますが、試合を通して好調時のパフォーマンスには遠いように見えました。特に空振りから荒野にシュートチャンスを献上したシーンは、まさしく悪い時の谷口でした。第19節浦和戦1失点目のように、ボールの軌道を読み違えるのは不調の谷口です。大島が怪我明けで若干頼りないことが分かっていただけに、谷口にはカバーして欲しかったところです。
下田はリーグ戦初スタメンゆえに入りが固く、消極的でした。密集地でパスコースを作るのが難しいとはいえ、ボールを受けようとする意思の弱さが現れていました。川崎のサッカーでは一人でも受けることをサボると崩壊してしまいます。車屋が言及しているように、相手のプレスが厳しくてもトライし続けることを求められるのが川崎のサッカーで、自信を持たないとやれないサッカーです。
車屋紳太郎「立ち上がりは難しかった。ただ自分たちのやりたいサッカーは、あそこからつないでいくサッカー。取られても問題ないし、それをやらないことが一番問題。」
(引用元:同上)
下田個人については、出した後に止まってしまうことや、相手を背負ってボールを受けてしまうことは今後の課題でしょう。ただ得点シーンを始め、ゴール前まで顔を出せることや、鋭い守備などには十分に通用すると思います。そして何より左利きのキッカーは川崎に足りなかったピースで、現在物足りないセットプレーからの得点の増加に期待したいと思います。家長も左利きでキック上手いのにキッカーを努めないのは、個人的に少し謎だったりします。
受けに回った右サイド
もう一つは札幌の左サイド、つまり川崎の右サイドで受けに回ってしまったことです。札幌は左サイドの福森、菅、チャナティップの3人を起点に攻撃を展開します。左サイドから逆サイドに張る都倉と荒野を目掛けてロングボールを入れるパターンでいくつも決定機を作り出しました。
これに対して家長とエウシーニョが攻勢に出ることで対処しようとしますが、大島の不調と札幌のポジショニングに苦しめられます。主に右サイドの守備を担当していた大島は、怪我明けということもあって本調子には遠く、守備のタスクはある程度免除されていたように見えました(その分は下田が頑張っていた)。札幌は守備の設計として、3CBの左の福森が上がったスペースを深井、宮澤が埋めるので、押し込み切れません。結果的に、25分近くまでは福森からのロングボールが川崎を困らせます。
もう一つ札幌の攻勢の要因に追加で挙げたいのが、荒野拓馬です。序盤に限らず、全体を通して特に攻撃面で非常に良い働きをしていました。二本ほど決定機を外しはしたものの、それ以上にチャンスを生み出していたと思います。荒野は動きながらプレーが出来るのが特徴で、ドリブルしながらのパス、パスを出した後の受けの動きなど、攻撃に連続性を持たせることができます。加えて縦パスも上手く、ジェイのトラップさえ良ければというシーンもありました。宮澤、深井が交代して一列下がったプレーになった後は前線に顔を出す機会が減ってしまい、札幌の攻撃から迫力が消えました。スタメン出場を続けて行けば、代表の可能性もあるのではないでしょうか。
守備からの立て直し
さて25分の向かい風を川崎はいかに乗り越えたのか。まず下田に関しては徐々に固さがほぐれ、積極性が見えてきました。確かにまだ技術的に課題はありましたが、それでもボールを受けようとする積極性によって、ビルドアップがスムーズになっていきました。やはり「やらないことが一番の問題」です。
さらに札幌のたどたどしいビルドアップを見て、川崎はボールを奪う位置を相手の最終ラインまで高くします。札幌は攻守を通して、3CBとボランチが何度もポジションをチェンジしますが、そのせいでビルドアップの際にボールを受ける人がいなくなる状況が数度生まれます。特に宮澤と深井が最終ラインの回しに参加してしまうことで、札幌はビルドアップの出口を失います。本来であれば、宮澤や深井のいた中盤のエリアに荒野やチャナティップが落ちてボールを受ける作戦だったのだと思います。しかし、なまじ序盤のロングボールが効果的だったこともあり、荒野やチャナティップはロングボールに備えたポジショニングを取ってしまい、中盤が空洞化しました。最終ラインとしては、その直前に数本長いボールを奪取されたため、ボールを落ち着かせたかったのだと思います。25分過ぎはそうした前と後ろでの意志のズレが生まれ始めたタイミングでした。
そんな相手の状況を見て川崎は前線からのプレスを強くしていきます。この辺りの嗅覚はさすが中村憲剛というしかありません。この試合不調だった宮澤(後半開始時に交代)を主なターゲットに設定して奪いに行くいやらしさ、さらにそれを得点に繋げる攻撃力には脱帽です。最初の中村の1ゴール(ほぼ)1アシストがこの試合を決定づけました。
中村憲剛の判断
このnoteが最近中村憲剛の凄さ紹介ばかりしていて反省しつつも、今回も書きたいことがあったので書きます。まずは川崎の1点目のシーンでシュートの選択を変更した点で、中村の凄さの一つがこの「選択をギリギリで変えられる」ことです。昔なら間違いなく打っていたと思います。下の画像を見ても、十分シュートコースが空いています。それでもパスに選択を変えたのは、そっちの方が確率が高いと判断したからです。
(引用元:DAZN)
中村憲剛「昔はダメそうかなと思っても出すことはありました。前の方に1人でシュートまで持っていけるジュニーニョのような選手がいた時は、その方が良い結果に繋がることが多かったんです。ただ、今は(成功確率が)フィフティフィフティでは出さない。それは(受ける選手の)能力が低いというわけじゃなくて、チームとしての方向性と言うか。オニさん(鬼木監督)は『出していい』って言ってくれているんですけど、より正確にやる方がいい、って30歳過ぎて自分の中で考え方が変わってきているので。逆に言えば、自分の中で『通せる』と思ってやっている。決して博打じゃないんです。」
(引用元:footballista(2017.09.19)「中村憲剛が自身のプレーを解説。本人の言葉で知る司令塔の真髄」< https://www.footballista.jp/interview/37861 >)
上のコメントのように、中村は冷静に成功確率を吟味してプレーしています。それがたとえ自分のシュートチャンスであろうとも、他の選択肢の方が高いと判断すれば迷わずそっちを選ぶ。そしてそれをギリギリまで諦めずに、より良い判断を求める。「博打を避ける執着心」を今の中村からは感じます。
中村憲剛の俯瞰
そうした判断が出来るのは、中村が試合全体を見えているからですが、もう彼が見えてるのは試合の中だけではないです。彼はチーム、サポーター、社会における試合の意味、位置づけが見えています。今年で言えば、西城秀樹さんへの追悼やひょっこりはんの時のヒーローインタビューは圧巻でした。ヒーローとして選ばれたにもかかわらず、第一声(第一アクション)が自分以外への言及というのは、その意味を理解していないとできないと思います。今自分が何を求められているのか、周りのために何が出来るのかを理解しており、つまりは試合を取り巻く関係者までをも見えているということです。
83分に中村は相手のクリアボールを無茶苦茶にシュートしました。初見では全く意味がわからず、ただあまり気にもとめませんでした。しかしフロットさんのツイートを見て理解できました。
この試合、川崎ユース出身の田中碧がプロ初出場を果たしました。60分までに5-0と試合の行方は見えていたため、この時点で田中は出場準備をしていたと思います。当然ながら出場時間は長い方が良いわけで、しかし鬼木監督も慎重で80分頃まで交代はしません。そしてようやく80分過ぎに交代に向けて動くわけですが、おそらくこの動きを中村は察知していたのでしょう(フィールドの中から!)。そして後はツイートの通りの分析です。
もうこれは恐ろしいです。鳥の目どころか神の目のごとく試合全体を見えていますし、田中の将来のためと考えれば、未来すら見据えています。中村はどこまで見えているのでしょう。
中村憲剛の支配
すみません長くなりましたが、もう一つだけ。今まで中村の最大の特徴はパスだと思っていました。しかし上にあげたように、最近では頭脳こそが彼の最大の長所なのだと思っています。そのため彼はもうパス以外でも試合をコントロールしています。
今季の記事でも何度か触れたように、中村はポジショニングが上手いです。基本は最終ラインとボランチの間で受けようとしますが、密集して厳しいと判断すれば、あえて自分はそこから離れて相手選手を引っ張りだし、スペースを生み出します。難しいことをやっているのは分かっていますが、あえて失礼承知で簡単に言えば「ただジョギングしているだけ」です。今の中村は思考の密度が濃いために、ジョギングという行為にすら多くの意味を持たせることができます。
さて何が言いたいのかというと、今の中村は「ポジショニングで試合を支配」しています。以前は「パスで試合を支配」していました。
君下敦「俺は試合を支配する。言葉じゃなくパス1本で完全に」
(引用元:安田剛士(2015)『DAYS』(14),pp.102-103.)
まるで漫画『DAYS』の君下君です。中村のプレーのアップデートを長年見ていると、サッカーには様々な要因が存在しており、どんな形でも極めると「支配」できるようになるのではと思います。つまりサッカーは様々な要素でできていますが、その重要性は変えることができるのでは、という仮説が生まれます。この仮説についてはいずれ記事にできればと思います。
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