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第35回:ウェルネス観光

2022年5月25日掲載


日本への渡航規制の緩和が発表された今月、私のもとに­複数の友人から問い合わせがありました。「日本へ観光に行きたい」「企業訪問をアレンジしてもらえないか」「あのお店はまだ営業しているか」。その多くはシンガポールとマレーシアのムスリム(イスラム教徒)からだったのですが、彼らはASEAN(東南アジア諸国連合)域内ではなく、日本へ行きたいと言うのです。聞くと、「日本はコロナの感染率が低かったから安心」「日本食を食べたい」「温泉でゆっくりしたい」とのこと。そこで今月は癒やしのニーズを捉えて拡大しているウェルネス観光について考察します。

■SPAがもたらすインバウンドの改革

各国の国境が再開される中、旅行業界も動き出しています。タイは国境を完全に開放、マレーシアもワクチン接種を条件に隔離なしで受け入れを再開しています。こうした動きに合わせてセミナーや国際会議も立て続けに開催されており、私も登壇したことがあるハラール・イン・トラベルサミットも今年は「ウェルネス観光」をテーマに今月末から開催することが決定しています。

その事前打ち合わせの際に主催者側から出たのが「SPA」でした。SPAとは元来水を使った治療のことで、語源はラテン語の「Salute Per Acqua(水の力で治療する)に由来しています。日本で言うところの温泉治療ですが、旅行業界ではウェルネス観光の一つと整理されています。コロナ禍で心身ともに疲れている旅行者は癒やしを求めている。観光スポットを忙しく巡っていたコロナ禍前の旅行スタイルではなく、特定の場所に比較的長く滞在することを望んでいるニーズが背景にあるようです。

「日本は最先端の都市と悠久の歴史が同居する稀有な国だ。海外旅行客は地方都市に関心を寄せているのではないか。」とのこと。もしそうであれば、コロナ禍前のインバウンドの問題だった短期滞在、低い消費単価を解消する機会になるかもしれません。

■東アジア編重を解消できるか

もう一つ問題だったのは、東アジアからの旅行客が多過ぎたことです。近隣諸国からの旅行客は何度も訪日してくれる有り難いお客様である一方で、先述したように短期滞在で消費単価が低いのが問題でした。慣れない海外客の対応に日本の旅行業界は疲弊してしまい、その後コロナ禍を経て廃業してしまった事業者は数多くいます。そうしていよいよ国境が再開する今、再び同じ轍を踏まないためにはどうしたらよいのでしょうか。

図はウェルネス観光市場規模の推移と国別市場規模を示しています。これらデータはコロナ禍前に集計されたことに留意する必要がありますが、傾向は概ね変わっていないと考えられます。グローバル市場は拡大傾向にあり、国別では特に米国が群を抜いています。実に上位10ヵ国の合計の半分を占めるに至っています。心とカラダを癒やすと言うと日本では温泉が真っ先にイメージされますが、米国はじめグローバルではサウナ、アロマ、マッサージ、フィットネス、ヨガなど健康促進に効果があるメニューが提供されています。東アジア諸国に偏りすぎていた施策を転換させる良い機会であるかもしれません。

■「日本の温泉はハラール(ムスリムも消費できる)か」

日本政府は6月を目処に訪日客の受け入れを再開すると発表しています。但し、以前の主要国であった中国はワクチンが指定外、韓国は入国制限指定されているため、これら地域からの訪日は難しい状況が続きます。そうなると、欧米豪とASEAN諸国からの期待が大きくなります。現に、先述のイベントの主催者(シンガポール人)は「日本の温泉に注目している」とのこと。「狭いシンガポールに2年も閉じ籠もっていたから、日本へ行きたくてうずうずしているんだ」とも。

但し、日本の温泉はムスリムにとってハードルがあります。ムスリムは家族以外に肌を見せないのが一般的だからです。これはムスリムに限らず多くの外国人にとってもそうです。また、近年は日本人旅行者にも個室の温泉は人気になっています。コロナ禍でのGo to Travelキャンペーンでは個室の温泉風呂から予約が埋まりました。そうしたニーズを受け、各地で個室で温泉を提供する宿は増えているため、ムスリムはじめ訪日旅行客を迎い入れる環境はできつつあります。

日本のウェルネス観光市場はまだ小さいながらもグローバルでは5位に入っています。温泉という有力なコンテンツを活かすことで、日本の観光市場は新たな可能性を見出だせるのではないでしょうか。

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