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その準備運動、合ってますか?

先日、ある教員志望の学生さんからこんな問い合わせをいただいた。

ストレッチは動的と静的の2種類があり、運動前は動的ストレッチ、運動後は静的ストレッチがよいと大学で教わりました。これによれば体育の前には動的ストレッチを行うべきと考えられますが、実際の授業では「1.2.34…」と腕やアキレス腱を伸ばす静的ストレッチがおこなわれ続けているようです。これについてどうお考えですか?

非常に良い質問だと思った。大学で学んだ「理論」と現場で広がる「実践」の間の乖離を指摘しており、それを埋めるべく理解を深めようとしている。さらに、それを埋める手段として私に質問を投げてくれたことにも感謝したい。

その学生さんには個人的に丁寧に回答させていただいた。しかし、同様の疑問を感じている人は他にもいると思い、本稿にまとめることにした。また、デフバスケットボール日本代表のヘッドコーチの方と最近話す機会があった。その方は代表コーチでもありながら現職の中学体育教師でもあり、トップアスリートレベルと学校体育レベル両方を知る方からW-upに関する貴重なお話もいただけた。その内容も一部踏まえ、以下にまとめていく。

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結論、正しいW-upは…

まず初めにW-upに関する結論から述べると、準備運動やW-upは「何が正解なのかがわからない」ものである。しかし、正解がわからないとは言いながらも、「明らかな不正解」は存在する。本稿では、運動やスポーツの前にすべき準備運動やW-upとして一般的に言われている”セオリー”を以下に紹介し、その「不正解」を回避できるためのヒントを提供したい。

そもそもW-upの目的は、①ケガ予防②パフォーマンス最大化の2つであるが、どちらを目指すかによって必要なものが異なってくる。まずは多くの人が想定している「ケガ予防」のためのW-upに関してまとめる。

静的ストレッチ/動的ストレッチの区別

運動とは、ごく簡単にいえば、主に全身にある関節を動かすことで筋肉を伸縮させて動作を発現させることをいう。これがスムーズに行われないときにケガのリスクが発生する。歩行などの日常動作でも関節や筋肉は動かしているが、スポーツでは多くの場合日常動作を超える可動域と強度が求められる。そのため、「大きく伸ばす」「強く縮める」ことに徐々に慣らしていく必要があり、それを果たすものがストレッチである。

静的ストレッチとは、よく「柔軟」とも呼ばれるが、じっくり時間をかけて筋肉を「伸ばす」ことを目的としたものである。筋肉がより大きく伸びるようになるため、関節の可動域も広がり、捻挫などのケガの予防になる。

動的ストレッチとは、軽い運動で筋肉を伸縮させて「ほぐす」ことを目的としたものである。スポーツではよく踏ん張ったり、力んだりする場面があるが、筋肉がほぐれて柔軟性を高めておくと、筋肉を急激に「固める」ことができ、瞬発的に最大筋力を発揮できるようになる。また、軽い運動で心拍数を高め、血行がよくなることでの体温up、筋肉への酸素供給量up、筋肉自体の筋温upなどの効果もあるとされ、肉離れなどのケガの予防になる。

また、運動前に静的ストレッチを長くやりすぎると、筋肉が緩みすぎて「固めにくくなる」とも言われている。ケガ予防としては運動前にも静的ストレッチは必要だが、1か所を伸ばすのはせいぜい10秒前後で十分である。その後、動的ストレッチを多めにすることで、スポーツに臨む「身体の準備」を整えるとよい。

「身体」だけでなく「心」や「頭」も準備する

次に「パフォーマンス最大化」のためのW-upについてまとめる。スポーツでは「心・技・体」が大事といわれるように、パフォーマンスにはメンタルも大きく影響する。また、スキルの発揮には状況の「認知」が欠かせず、頭の回転や判断の速さも求められる。これらの「心の準備」や「頭の準備」もW-upが果たしたい役割である。

動的ストレッチでは、「認知機能」を高めるための様々なメニューがある。例えば、前後左右にマーカーを置き、指示されたマーカーに素早くタッチするメニューや、狭いグリッド(四角いエリア)でぶつからないようにドリブル移動を続けるメニューなど、その種類は無数にある。

また、このような簡単なゲームをすることで、参加者は身体だけではなく「心」もほぐすことができる。活動の冒頭にゲームをしてリラックス効果をえることを「アイスブレイク」といい、緊張を解くために動的ストレッチとなるゲームを行うことも有効とされる。

W-upも活動の一部

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図で示したように、準備運動やW-upは「準備」と付くだけあって、本編とは独立して考えられがちである。主運動であるスポーツをするにあたり、主運動を「スタートする前」にしておくべき運動やストレッチと捉える人も多いだろう。しかし、そのような捉え方は誤りである。

動的ストレッチが簡単なゲームを含むように、W-upもそれ自体が1つの「スポーツ活動」として成立する。以前受講した「バルサ財団Futbol Net指導論」でも、W-upしての簡単なゲームもメインコンテンツの1つとしてプログラムに組み込むことが重要であることを学んだ。

このように一連のスポーツ活動の一部として準備運動やW-upを位置付ける必要があり、活動時間全体の15~20%をW-upとして行うことがセオリーとされている。45分間の体育授業では、冒頭の5~10分をW-upとして使うことになる。

W-upの内容は常に変わる

では、実際にW-upでは何をすればいいのか。これに対する回答は、「W-up以降の運動内容によって変わる」である。
サッカーやバスケのような高強度な運動をする場合は、
・心拍数を高められる
・認知トレーニングが兼ねられる
・協力ゲームで参加者同士の関係づくりに寄与する
などの要素を満たせる内容のW-upが必要になる。

50m走やハードル走などの陸上種目をする場合は、
・下半身の筋肉の柔軟性を高める
・股関節や肩の可動域を広げる
・動作の再現性を高める神経系の運動
などの要素を満たすW-upが必要となる。

マットや跳び箱などの器械運動をする場合は、
・全身の柔軟性を高める
・体重移動が実感できる
・腕支持の感覚を養える
などの要素を満たすことが求められる。

このように、W-up以降の運動に円滑につなげるための軽度な運動をすることが必要になる。さらに、時間帯や気候などによっても大きく影響する。例えば体育で同じ「ドッジボール」をやるにしても、1時間目と6時間目にやるでは内容が変わってしかるべきである(朝は身体が固いが、午後はほぐれていることも多い)。また、業間休みに鬼ごっこをした直後の3時間目なら、ほぼW-upは必要ない可能性もある。暑い夏よりも寒い冬の方が入念に身体を温める必要があるし、4月はクラスがまだ馴染まずアイスブレイクの時間を多く確保する必要があるかもしれない。

以上のように考えれば、W-upは状況に応じて行うべきだとわかる。毎回同じように『くっし~ん!1.2.3.4…』とやる”ルーティーン”が「正しい」とは、なかなか言えないだろう。

それでも体育から「体操」が消えないわけ

学習指導要領でも準備「体操」ではなく、準備「運動」をすることが示されており、ここまで述べてきたようなことと同様の指摘がされている。にもかかわらず、あまりにも多くの教師が「子供に体操をさせている」のはなぜだろうか。

ずばり、圧倒的な知識不足が原因であると私は考える。

特に小学校の場合、扱うスポーツの特有動作への理解が乏しく、それにつなげるための動的ストレッチの引き出しが少ない教師が多いのではないか。そのため、とりあえずいつも通りの「準備体操=静的ストレッチ」をして済ませてしまうことも少なくないだろう。

さらに言えば、子供は普段から「アスリート並み」に筋肉の柔軟性が高いとされており(ストレッチなしでダッシュをしても肉離れになった子を見たことがない)、子供に静的ストレッチはほぼ必要ないとも考えられる。しかし私の印象では、体育の研究校ほど「○○小スタイル」のような固定のルーティーンを作っているような気もしている。目指すベクトルがちがうのではなかろうか。

まとめ

以上、準備運動・W-upについてまとめてきた。
最後に述べておきたいのは、W-upは「悪かった時の言い訳」にしか使われないということである。ケガ予防やパフォーマンス最大化のためのW-upだが、万が一ケガが発生した時や不満な結果に終わったときに、「あぁ、W-upが悪かった(足りなかった)な」と言い訳のように言及するだけで、逆によかったときに「W-upのおかげ」とは思わない。さらに身体・心・頭のそれぞれの状態をその場で判断できる指標などなく、『W-up完了=準備OK』とその場で判断できるものではない。

だからこそ、幅広い知識と多様な引き出しを備え、「明らかな不正解」となるW-upを避けることしかできないのだ。その努力を怠るのは、運動指導者として失格だと思う。自治体によっては『W-upメニュー集』を作り、100種類以上の動的ストレッチメニューを集めたデータベースを全学校にシェアしているところもある。各校にいる体育担当部会が、校内で共有できるデータベースを作るという「学校の努力」の方が、「個人の努力」よりも効果的かもしれない。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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