小さなわたしの夢と今。
子どもの頃に願っていた将来の夢は何でしたか。なりたかった自分と大人になった自分。
ギャップがあるとすればどんな風に折り合いをつけておられますか。
「お手紙」のように送り合うnote往復書簡をしている鮎太さんから、そう問われ、書くテーマが決まったとき、どんなことを書こうか楽しみに思う半分、ほんの少しばかりたじろいでいる自分がいました。
「子どもの頃の夢と今は」
わたしにとって今の自分を形づくる想いに触れる、最もパーソナルな問いかけ、つまりは自己開示の一種に他ならないテーマ。
文章を綴るにしたがい、深く底に眠った想いが見えてくること、いわば改めて自分と出会えることは文章を紡ぐうえでの醍醐味。
されど、ひっそりと奥底にあった想いを、noteという舞台のもと、公衆の面前にさらすのはどうにも気恥ずかしいものです、、!
下書きを、何ヶ月にも渡って開いて書いて消して開いて書いて、と間違いなく1番時間のかかった文章になってしまいました。
なぜ、わたしは「先生」になったのか。
鮎太さん含む、いつも読みに来てくださる方々、はじめましての方々、いつもより若干長めですが、最後までお読み頂けるとうれしいです!笑
(ちなみに鮎太さんから、前にいただいた「お手紙」はこちらです。↓)
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1番はじめに「夢」として、持ったのはケーキ屋さんだったか、パン屋さんだったか、はたまたセーラームーンだったか、思い出せませんし、ミーハーなわたしはそのどれもだった気がします。
たくさんケーキが食べたいからケーキ屋さん。焼きたてのパンが食べたいから、パン屋さん。かわいいコスチュームを着て、不思議な力が使いたいからセーラームーン。
小学生になってからは、お話作りが好きだったから「作家さん」、可愛い服を着た女の子の絵を描くのが好きだったから「デザイナーさん」。
「大人になったら何になりたいの?」
夢とは、そう周りの大人や友だちに聞かれるたびに、そのときに興味があったものへと、ころころ転じる、ふわふわした曖昧なものでしかなかったのです。
明確な「なりたい夢」として考えるきっかけになったのは、小学4年生の時。
当時の担任の先生、Y先生としましょう。
幸いこれまで、友だちや先生など周りの人に恵まれ、温かい環境でぬくぬくと過ごしてきましたが、その中で最も、大きな出会いの一つです。
笑顔で面白い話をするときと叱るときは本当に真剣に叱る、ギャップと熱い想いを持っていたY先生。
子どもたちが何か出来るようになったら、一緒に喜んでくれる、誰かの喜びを自分の喜びにできるY先生。
そんなY先生が大好きで、みんなもきっとそうで。
クラスにいる、一人一人が違うこと。
違うことは当たり前なこと。
一生懸命がんばるってかっこいいこと。
誰かに優しいことは、あったかくて素敵なこと。
今思えば、そんな価値観が、Y先生や学級の仲間たちと、日々過ごす中で、少しずつ培われていった気がします。
「先生って、いいな。」
小学生だったわたしが、はっきりと、いつか自分が、なりたい姿としての職業を意識した瞬間でした。
その思いはずっと心の内にあり、進路を考えるにあたって、教員免許が取れるということが何の迷いもなく大学選びの条件として入っていたのは、あのY先生の存在が大きかったのです。
そして、
「大好きな先生に褒められたい!認められたい!」
小学4年生、10歳だったわたしは、良い評価をもらえるのがうれしくて、たくさん日記を書きました。
「すごい!」
そう言ってもらいたくて、百人一首はほとんど全部覚えたし、有名な詩たちだってどんどん覚え、たくさん本も読みました。
最初は、「褒められたい!」おそらくその一心だったと思います。
ですが、徐々に知ることや表現すること自体が面白くなってきたのです。
そして今でも、あの時覚えた一句が、一節が、ふとよぎることが多々あり、吸収した言葉たちが、わたしの感性の一部となっているんだなあ、と思えるんです。
今でも、いいな、素敵だなと思えるフレーズや文章に出会えるとうれしくなり、味わうように言葉たちを心の中で反芻してしまいます。
子どもであったわたしと、すっかり大人になってしまったわたし。
20年弱の時を経ても、あのときの小さかったわたしを、ちゃんと今のわたしに残しているんだなあ、と改めて思います。
しかしそれは、
Y先生が、少なくとも1週間に一度は、必ず全員の日記にちゃんとコメントを書いてくれていたこと。
面白い、よく書けている日記を、学級通信に載せ続けたこと。
百人一首をクラスでブームにさせたこと。
多くの詩や言葉を教えてくれたこと。
当時はきっと珍しかった実践、「自学」という自習勉強を宿題に取り入れたこと。
という、Y先生のたくさんの働きかけたちがあってこそ。
わたしが、それらに夢中になるということは、
様々な「種まき」がされた結果であったのです。
教育とは英語で、「education」
「educate」の語源は、ラテン語で引き出す、ということ。
教える、じゃなくて、わたしは引き出したい。
一人一人の子どもたちの、「楽しい」だとか、
「面白い」だとか「すき」だとか、夢中になれる瞬間、そんな瞬間を子どもの中から、
引き出せる、そんな大人になりたい。
その時感じた想いや胸の高鳴りは、時が過ぎても、自分の一部となって生き続けると、他でもないわたしが、知っているから。
「先生になりたい。」
そう思ったあの時から、時を経て教員採用試験に受かり、職業としての夢は叶いました。
「Y先生みたいな、先生になりたい。」
なれて、いるんでしょうか。
様々な個性のある子どもたちが、学級にいる中で一人一人が、学ぶことが楽しいと思える授業、とは。
もっともっと知りたい調べたいと思えるような
働きかけ、とは。
この先、子どもたちにどんなことがあっても、自身を幸せに出来る生き方や考え方、とは。
子どもたちと、過ごす中で考えることばかりです。まだまだ未熟なもので、至らないところもたくさんあります。
けれど、時が経ち、彼らの思い出がセピア色に移ろっても、夢中になった瞬間のカケラが心に残り続けているのならば。
その日々の中にわずかでも、わたしという存在がそこにあるのならば。
その時、少しだけ夢が叶ったといえるのかもしれません。
答えが分かるのは、数年後か、十数年後か。
はたまた、答えなんて出ないのかもしれませんが。
それでも、わたしはまた、明日からも夢を追うのでしょう。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
次のテーマは、「今の鮎太さんの願い」をお聞きしたいと思います。
願えるのは一つだけ。大きなものでも小さなものでも、どんなものでも構いません。
ちなみに今のわたしの願いは、放置している溜まった食器が今すぐ勝手に綺麗になればいいのに、です!!(切実な願いです。笑)
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