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目に見えるもの、目には見えないもの【SS】

「欲望という名のウイルス。

もしかしたらそれは、人の心、感情に感染するウイルスなのかもしれない。

利己心が一定の閾値を越えて初めて発症する」


「そんな馬鹿な話、信じられるか」

言葉では否定しながらも、安藤にはうっすらと思い当たる節があった。


「前例がなければ存在することはないの?」

ヒヤリとした風が流れる。


「ソクラテスも言ってた。無知の知って。

わかっていることが全てだと思わないほうがいい。

この世界にはわからないことだってたくさんある。

どころか、わからないことのほうが多いの。

可能性というのはそう簡単に排除できるものではない」


「しかしそんな胡散臭い話、どうやって信じろって言うんだ!

目に見えるデータを用意しろ!」

そう言いながらも、助手の言葉に安藤は焦りが芽生えてきた。


「大人は数字が大好き。

それは欲で薄汚れた目でもはっきりとわかるから。」

諭すように語りかける助手の目は真っ直ぐに安藤を見据えている。


「ウイルスだって目には見えない。そうでしょ?

大切なものはいつだって目に見えないの。

それをわかっているのは、子どもだけなんです。

人の心は簡単には手に入らない、自由であるべきよ。

誰もそれを支配、強制する権利なんてない。

だからこそ、それはとても価値のあるものなの。」


「過ぎた欲は人を滅ぼします。

人を支配して上に立つことしか頭にないあなたにはその意味が理解できないでしょうけど」


人間の欲を描き、最後にはその欲に飲まれた男の話があったな———。

そんなことをふと思い出していると、安藤の額に汗が滲み始めた。


フゥー。助手は大きく息を吐き出してから言った。

「もう疲れた。ついていけないわ。

初心忘れずべからず、って言うじゃない。


あなたが助かる方法は一つだけよ。

恩送りっていう言葉をご存知?調べてみるといいわ。

じゃあね、所長。」


助手は吐き捨てるように言いながらその場を後にした。

途方に暮れる安藤を残して…。



この物語はフィクションです。
実際の人物・団体とは一切関係がありません。

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