娘がイヤイヤ期の時にしていたとあるポーズ
もう少しで5歳になる娘は聞き分けが良くなり、話せば分かるようになっているのでだいぶ育児が楽になってきた。
しかしやはり2歳くらいの頃はイヤイヤ期で大変だったと思い出す。
今、息子が2歳でイヤイヤ期なのだが、息子は何に対しても「ちない(しない)!ちない(しない)!」と言っている。典型的なイヤイヤ期の真っ最中といった感じである。
しかし、これは娘のイヤイヤ期の様相とだいぶ違うのである。娘はこれほど明確に嫌だという気持ちを言葉に出さなかった。
その代わりにとあるポーズをして、不満である気持ちを表明していた。
娘はイヤイヤ期の時、思い通りにならないと両手の人差し指どうし、親指どうしをくっつけて顔の前に出していた。
ポーズとしてはかわいいのであるが、これが出てくると私は「やばい」という気持ちになっていた。
このポーズをなぜ恐れていさえしたのであるが、なぜかというとこのポーズの意味は「何かもっといいものが欲しい」や「何かもっと楽しいことをしたい」という合図であったからだ。
そして「何かもっといいもの」や「何かもっと楽しいこと」というのは娘の中でも漠然としていてはっきりしていなかった。
娘は、今の現状ではなんとなく不満なので、何か新しくて魅力的な提案をしろという私への要求をこのポーズで表していた。
例えばご飯を食べている最中にこのポーズが出たとすると、メニューが不満なのである。娘としては、いま目の前にある食べ物では満足できないので、もっと魅力的な食べ物を出してくれということだ。
もともと嫌いなメニューを出しているわけではないので、それを上回るような魅力的なものを急に用意するのは難しい。それに加えて娘としては何かもっといいものという漠然とした希望があるだけで、◯◯が食べたいというような明確さはない。
だから私としてはその希望が非常に分かりにくく、要求に応じるのが困難である。
そしてこんなぼんやりした要求にも関わらず、それに私が答えられないとものすごく怒り出す。
そうなると、大泣きでなかなか機嫌が悪くなってしまうので大変であった。
私はこのポーズを「アノミーポーズ」と呼んでいた。
アノミーとは社会学用語で、人の欲求や欲望が高まり過ぎた結果、社会が混沌とする様子である。(たぶん)
娘が「現状よりも何かもっといい状態でいたいと要求してくる」ことを「欲求や欲望が高まり過ぎた」ということだと私は捉えた。
そしてその結果、娘が泣き叫び、私が困惑することはまさに「社会が混沌とする様子」である。これぞアノミー状態。
娘のあのポーズは、アノミー状態を引き起こす象徴として「アノミーポーズ」と呼ばれることとなった。
両手の人差し指どうしと親指どうしを合わせた形がアルファベットのAに見えるのも、アノミー(anomie)の頭文字を表していることと考えると納得がいく。
こうして娘のイヤイヤ期が新しい用語を作り出し、一時期は大いに使われたのだが、だいたい娘が3歳になる頃には徐々に廃れていった。
まだまだ娘の「欲求や欲望が高まり過ぎる」状況はあるのだが、言葉が達者になってきた分、「なんかもっと美味しいのがいい」などと話して表現できるようになっている。
だから、アノミーポーズに頼らなくてもよくなったようだ。
あんなに恐れ慄いていたアノミーポーズも無くなってしまえば寂しいもので、アノミーポーズをしている写真を見るとかわいかったなと懐かしく思い出す。
子育てをしているときっとその時はすごく大変なことでも、振り返ると懐かしいなと思い返すことがこれからも増えていくのだろうな、という思いを強くもった。
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