190728パラダイムシフターnote用ヘッダ第01章12節

【第1章】青年は、淫魔と出会う (12/31)【戦力】

【目次】

【魅了】

「……とはいえ、オークどもだけでは、いささか心細いのだわ」

 ぼそり、と『淫魔』はつぶやく。

 徒党を組んだオークの群れは、恐るべき略奪者となる。だとしても、『淫魔』が一戦交えたかぎり、これからしとめようとする怪物は、それ以上の規格外だ。

「他に、良い追加戦力を調達できれば助かるのだけど……」

 頭を上に向けたまま、『淫魔』は腕組みする。この次元世界<パラダイム>は、規模が大きいわりに、人口が少なく、自然環境も荒れ放題だ。

 必然的に、戦力となりうる優秀な戦士と出会える可能性も低くなる。

「まったく、ここの管理者はなにをやっているんだか」

 愚痴をこぼす『淫魔』は、周囲にただよう悪臭が鼻につく。うまく避けたつもりだったが、オークの精液が少しばかりドレスにかかったようだ。

 同時に、げっぷと吐き気が胃袋から沸きあがってくる。『淫魔』にとってのオークの精は、カロリーこそあるが、臭いがきつく、脂身の肉塊のように胸焼けする。

「ああ、もう……本当に、救いようもなく、厄日だわ……」

 独りごちつつ空を見つめる『淫魔』の視界に、梢の狭間を横切る大きな影が見える。猛禽の類よりも、はるかに大きい。

「……そういえば。この次元世界<パラダイム>には、あいつらがいたのだわ」

 にやりと笑いつつ、『淫魔』は黒翼を広げる。ゆっくりと羽ばたかせながら、ホバリングの要領で浮揚する。

 高度が上がるにつれ、杉の枝と葉がひしめきあい、そのあいだに幾本もののツタが橋を架けている。強い緑の匂いが、オークの獣臭を忘れさせてくれる。

 杉の幹の裏側に隠れるように、巨大なクモの巣が張っている。人間の頭ほどのサイズもあるクモが、粘糸に引っかかったリスの血をしたたらせながら貪っている。

 枝葉とクモの巣をかわしながら、『淫魔』は樹冠に到達する。杉の枝に身を隠すようにしながら、開けた空の様子をうかがう。

 霞がかかり陽光も弱々しい薄暗い空を、我が物顔で飛翔しているのは、恐竜のように大柄な体躯を持ち、前腕が翼となった魔物──ワイバーンたちだった。

「好都合だわ」

 ワイバーンは知性の低い魔物だが、龍の血を引いていることは事実で、より上位のドラゴンの眷族であることも多い。その場合、近くにボスとなる龍の巣があるはずだ。

 小声でつぶやく『淫魔』は、ワイバーンの群れの動きを周囲の景色を観察する。翼竜たちが旋回する中心には、ドラゴンが寝床に好みそうな岩山がある。

「弱すぎず、強すぎない、ちょうどいい程度のドラゴンだとありがたいのだわ」

 都合の良いことを口にしながら、『淫魔』は苔むした地面へと降下する。少し遅れて、リスの亡骸と思しき血の付いた骨片が落ちてくる。

『淫魔』は、目測でドラゴンの巣らしき岩山へと獣道を歩き出す。漆黒の獣とオークどもが向かった方角とは、逆方向だった。

【追跡】

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