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2022年5月の記事一覧

砂の家

砂の家

あの日、私は全てを捨てた。
夫も子供も仕事も全部、捨てた。
そして知らない街へと逃げ込んだ。

てっぺんまで仕上がった、砂場で作ったお城を急に壊したくなる。
私には子供の頃からそういうところがあった。
なんでもないようなことがしあわせだとか誰かが言っていたけれど、そんな輪郭が見え始めると、どうしようもなくぐしゃぐしゃに壊して逃げ出したくなってしまうのだ。
夫が悪いわけでも、もちろん子供にはなんの罪

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かくれんぼ

かくれんぼ

みどり色の服を着ていた。
その女の子とは、よくかくれんぼをして遊んだ。

誰かの失くしものをみつけるのが得意な私がいつも最初に鬼をした。
「もういいかい?」
「まあだだよ」
「もういいかい?」
「…」
「いーち、にーい、さーん」
返事が返ってこなくなってから3秒数えたら鬼が探しはじめるのがルールだった。
私はまず辺りをぐるりと見回してから目を閉じて頭の中で時間を巻き戻す。
みどり色の服を着た女の子

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部屋

部屋

引っ越してきて1年。
うちのポストには間違った郵便物がたびたび差し込まれた。
前の住人宛てのものかなと思ったけれど“405号”、隣の部屋のようだった。
どうやら配達員の人は完全にうちと隣を勘違いしているようだ。私はその度に隣のポストへと郵便物を“配達”した。

中身をのぞくわけでもないのに、他人宛ての郵便物はなんだかイケナイものを見てしまったような気分にさせられた。
「見てないですよ。見てないです

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恋のひとつも

恋のひとつも

「今時そんな話ってある?」

高校生になったばかりのある時、私には生まれた時から結婚相手が決まっていると母から聞かされた。
「私もね、ま〜ったく知らない人と親に決められた結婚をしたけれど、一緒に過ごす時間の分だけどんどん好きになっていったわよ。だからおじいちゃんが死んじゃった時はもう本当にさみしくてさみしくて…」
「おばあちゃんの時代はそういうこともあったかもしれないけれど、今時そんなの有り得ない

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