こたぬきたぬきち、町へ行く⑥
右はショッピングモール。左は宝くじ売場。そして目前に、三番街シネマの大看板。
しかしたぬきちには、まだ看板の漢字を読むことはできません。かろうじてわかるのは、シネマというカタカナのところだけです。
「死ねま? こ、ここが地獄の一丁目ですか」
たぬきちは再び、ヤンキーなんかこわくないぞという気持ちをもって、お兄さんを見上げました。
「何いってんだよ。この映画館に来たかったんじゃねえのか、おまえ。」
お兄さんは、その場でしゃがむと、たぬきちの目線に合わせてにっこり。おもむろに指差すところは、映画のチケット販売窓口。
「よっしゃ。もう手を離しても、迷子にはならんだろー。
ほら、あそこで観たい映画の券を買ってこお。でも地獄を見れるようなホラー系は、やめといたほうがいいぜ。だって、じんせいではじめての映画だろ?それがトラウマになったら面白くねえよ」
ヤンキーのお兄さんは、もう一度にっこりしてから「じゃあな」と言いました。
彼の後ろ姿が見えなくなるまで、たぬきちは小さな手を大きくふりふり。ふりふり。
(お兄さん。ありがとう。悪い人じゃなくて良かった。ありがとう。お兄さんに新しい前歯が生えますように。細すぎる眉毛もふつうの人みたいに伸びますように)
心の中で叫ぶと、たぬきちは何だか自分が本物の人間になったような気がしました。
道行く人々は、少年たぬきちの真剣なまなざし、一生懸命の小さな手のふりふりを、ふしぎそうに見ては過ぎ去って行くのでした。
⑦(最終回)へつづく
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