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孫子勒姫兵――呉座氏と闔閭の寵姫

 呉座氏の件については、もはや勝敗は決し、今は次の段階。敗戦原因を追及する段階に入った――とみて、よろしかろう。いかがか? ネット軍師じみた口調で書いてみました。

大河は差別構造を含んでいる

 北村氏側の記事も出て、この箇所が異常視されている向きもあるので、私なりの所見を述べたいと思います。

◆「匿名で悪口スクショが続々と…」呉座勇一氏“中傷投稿”問題、渦中の北村紗衣氏が語る顛末
武蔵大学准教授・北村紗衣氏インタビュー #1 #文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/44495
◆自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る「二次加害の重み」
武蔵大学准教授・北村紗衣氏インタビュー #2 #文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/44496

 大河考証交番に関していえば、たかがスタッフのやらかしではない意味がある。

◆ 呉座勇一氏のNHK大河ドラマ降板を憂う - 與那覇潤|論座 - 朝日新聞社の言論サイト https://webronza.asahi.com/national/articles/2021032600009.html

 大河ドラマが好きか嫌いかと問われたら? これが実に難しいところではあります。作品単位で好きなものはある。嫌いなものもある。ただ、枠としては大きな問題があり、BLM時代にはもはや遺物だということは主張したい。

 大河は構造そのものが公共放送にはそぐわないうえに、差別構造を含んでいます。
 
 大河の話題について、日本史ファンやらドラマファンが和やかに盛り上がっていても、そこに危険性や差別が簡単に顔を出すので、私は大河の話は人としないことにしています。

 受信料は全国一律でありながら、北海道舞台の大河はどうしてできないのか? 答えは想像できますよ。
「アイヌだの屯田兵の話なんて、視聴率取れないしw 誰がみたいのw」
 こういう半笑いからは、紛れもない差別構造が透けて見える。普通の善良な日本人はアイヌの話なんて興味がない……ちがいますか? これは東北もそう。東北なんて伊達政宗以外は雑魚だの。会津観光史観だのいろいろ言われます(会津以外でもご当地英雄は盛り上げているというのに!)。『八重の桜』放送事の「山口県民がかわいそう!」だの、「首相が怒っている!」だの、ひどいニュース記事なんて、ちょっと忘れ難いものがありました。

 九州戦国大河も想像はつく。
「でも島津あたり描いたら隣のあの国が……ねぇ?w」
 これはもう手遅れでしょう。というのも、今、韓国ドラマは世界を席巻しています。韓国側から見た“壬辰倭乱”ドラマをNetflixあたりが作って放送したらどうなるか? その可能性を考慮せねばならないのです。のらりくらりとそこを先延ばしにして、ちまちまと明るい秀吉像を打ち出した果てがこれだということは考えましょうか。

 差別を含んでいる――これはNHKドラマ全般の課題だと私は考えます。北海道舞台の朝ドラ『なつぞら』ではやっとアイヌが出てきました。拓北農兵隊が出てきたことも評価に値すると思います。まだまだ食い足りないし、アニメ史と北海道開拓史を重ねたせいか、ちょっと欲張りすぎたとは思います。それでもよい前進だと思うのです。

 しかし、一方でいまだに、朝ドラには日本以外をルーツとする人が出てきません。それどころか『まんぷく』では、ヒロイン夫が台湾人であったルーツを抹消しました。

 Appleがドラマにする『パチンコ』こそ、むしろ朝ドラにすべきであったと思います。

◆傑作小説『パチンコ』米Appleがドラマ化 ─ イ・ミンホ&南果歩など共演 https://theriver.jp/pachinko-apple-drama-series/

 ついでに言えば『ゴールデンカムイ』だって、どうしてこれが大河で先にできなかったという思いは湧いてきます。あ、姉畑だのラッコ鍋の話は省けばよいだけですので。

大河ネームバリューの利用を考える

 大河と観光の結びつきは伝統的でもある。
 それはまだよいにせよ、政治家との結びつきはもっと深く掘り下げるべきではありませんか?

 これを語ると「また妄想が始まったw」と冷笑されるので嫌気がさしてきますが。どうして真田幸村四百忌に、吉田松陰三妹大河を放送しましたか? あの大河にまつわる話は、一坂太郎氏がよくご存知です。彼に著作を読むなり、なんなら話を聞きに行けば興味深いことがいろいろと判明することでしょう。

 そして明治維新150周年の『西郷どん』ね。『獅子の時代』主演の菅原文太さんと半藤一利さんが対談して、あの歳には胡散臭い官製イベントが出てくると予測してましたよ。その通りじゃないですか。
 あのドラマは、歴史作家としてのイメージがさほど強くない女性作家が原作を担当しました。脚本家も『花子とアン』で歴史を扱う作品に不向きだと露呈していた方です。ここのところずっと大河にはそもそも原作がない。まるでネームバリューを付け加えるために彼女の原作を起用したような胡散臭さはありました。彼女は歴史を語れる大作家として名を挙げ、元号の時にも顔が見えましたね。
 わかってますよ、はいはい、私の妄想ですね。

 で、『いだてん』。あのドラマを見て、こういう意見を熱く語っていた人を私は知っています。
「人見絹枝も身につけた旭日旗を反対するなんてあの国はおかしい!」
「オリンピックになんて興味なかったけど開催の意義がわかりましたw」
 オリンピックと政治の結びつきなんて、今更説明する必要ありますか? こういう段階になってまでSNSにはいだてんをアカウント名に入れ、熱心に推している人がたくさんいる。彼らの言動をざっと見たところ、近現代史知識や認識に不安を感じさせます。まあ、この件では火傷したくないので深入りはしません。本題から外れますし。

 そろそろ結論でも。
 2010年代、大河は政治利用の道具と化しました。朝ドラでもそういう作品はありましたが、ここでは全てをあげません。
 その悪魔合体とも言えるべきドラマが今年の『青天を衝け』ではある。水戸学賛美という歴史修正主義最終コーナーまで、満を辞してたどり着いた感があります。水戸学は陽明学重視。そちらの方は儒教へのアレルギーと、国粋主義との兼ね合いでエラーを起こさないか不安ですけれども。彼らの情緒ケアはこちらの仕事でもないのです。

大河が与える日本人への影響

 そして大河の過小評価をしてはならないとも申しておきたい。
 伊達政宗の母・義姫は『独眼竜政宗』のせいで拭えないほどの悪評が根付いて被害甚大です。いちいちあの大河から話を始めねばならないことに、うんざりしている人は少なくないことでしょう。

 前述の通り、大河原作者は知名度があがる。司馬遼太郎が歴史作家でも別格扱いであるのは、そのあたりも大きいのでしょう。
 
 これは考証担当者も同じこと。ネームバリューを得て、テレビから新聞まで引っ張りだこになる。そういう先生が自分とは別分野の歴史番組や新聞記事で、あまり正確でないことを語っていて驚かされたことがあります。
 “ハロー効果”という心理作用です。大河に関わった方は、この甚大な威力を手にしてしまう。王座に上り詰めるような感はある。

 今回、彼が大河降板になったことは大きな意味がある。彼の言動からは、大河考証で頂点にたどり着いた感のある先生への嫉妬や敵意も感じられた。そのいわば覇王への道を閉ざされたことの影響は大きいと私は推察します。

大河のもたらす“私兵”

 くどくどと述べたように、大河関連の影響は大きい。これは研究者同士の発言権についても考えねばなりません。

 ここは日本。となると、勢い日本史研究者は他の国の分野を扱う研究者よりも大きな力を持つ。そんなもの私の妄想だったらよいとは思いますが、今回の件を見ていてどう思いましたか?

 日本史で大河が絡んだ私兵のようなアカウントが、敵対者めがけて突撃していたじゃないですか。私ごときのアカウントにも早速来ましたよ。ファンネルという呼び方もあるようですね。

 そういう己が持つ力をどこまで自覚できるか? そしてこういう私兵、一揆勢とは扱いが難しい。それこそ歴史の中では、統率が取れておらず、兵法を知らぬ兵がかえって足を引っ張り、大変なことになってしまう例が山ほどあります。

 そういう兵法がらみの楽しいトークでも。なぜ今回の件で大河を持ち出すのか? それは補給路断絶のため。前述の通り、大河ファンは日本中世史界隈に武器兵糧を運び込んでいます。
 織田信長が、本願寺攻めで毛利水軍打倒をめざしたように、そこも叩いたほうが話が早くなるのです。軍争の難きは、迂を以って直と為し、患を以って利と為す、ってやつ。

孫子勒姫兵

 ここまで踏まえて、彼の大河降板を孫子で考えると……はい、でた、また孫子です。こりゃもう私の趣味みたいなものだからさ。
 今回の件はいわば「孫子勒姫兵」です。孫子が後宮の美女相手に練兵をした結果、首が飛んだというお話です。

 これは過去、こういう原稿を書いたので蒸し返したくもないのでリンクを貼ります。

◆今さら人には聞けない『孫子』って? 著者・孫武には激辛エピソードも! https://bushoojapan.com/world/china/2020/02/05/142523

 嫌な言い方をしますが、戦争を起こすときは、人の心、ましてや私怨をベースにしてはよろしくありません。大義があるとよい。
 人がいて傷つく話なのに、大河ごときを出すな! そういう意見はあるし、異常性すら垣間見えることでしょう。しかし戦とはそういうものです。

 こういう言い方をしては何ですが、大河が絡んでいたからこそ、ここまで話が大きくなってルールが制定されたことは否めませんよね。

 さて、「孫子勒姫兵」に話を戻します。
 孫子は何も寵姫を斬首しなくてもよかったのでは? それはそう。ただ、孫子は「命令を聞かなければ処分します」
と明言しています。何も突然斬首したわけではない。
 それに彼なりの慈悲もあります。
 命令に従わない兵すべてを処罰するわけにもいかないから、代表者を処罰するべきだして被害を抑えている。斬首でなくてせいぜい鞭打ちでもよかったとは思います。けれども、そのくらいのショック療法アピールでもせねば、自分が採用されないという思いはあったのでしょう。

 長くなりましたが、今回の大河降板は「孫子勒姫兵」。
 NHKが今回の件に無自覚だったと私は信じていない。
 大河降板が憂慮も何も、法を破ったのであれば処断は当然のこと。社会に信賞必罰は必要です。

◆呉座勇一氏の中傷ツイート問題、歴史学協会がハラスメント防止の声明 「連鎖を断ち切る」|弁護士ドットコムニュース https://www.bengo4.com/c_23/n_12903/ 

 2020年7月15日に「歴史学関係学会ハラスメント防止宣言」を出されながらも、それに反した。これは孫子が「命令に従わないんのであれば処罰します」と宣言したのに、「やだ〜マジ〜ウケるんですけどぉw キャハハハハw」とはしゃいでいた闔閭の寵姫と重なって見えます。
 闔閭というフォロワーたちの寵愛があろうが、法の前では無力。そういうことを思い出しました。
 ついでにちょっと自分のことを語りますと。北村氏は「内なるマギー」に悩んでいるそうですが、私は「内なる兵法家曹操、孫武の類」に日々悩まされています。すぐ「乱世ならば仕方ない」と言い出すので、友達をすぐ失います。まあ、それは別の機会にでも。

 もっとまっとうな、こういう論考をしたい。けれども私は頭が決定的に悪い。北守氏には到底なれんから、孫子の話をうだうだするしかない。HBOみたいな賢い方向けメディアはやはり違います。愚かな私は敬服するしかない!

◆【HBO!】呉座勇一「炎上」事件で考える、歴史家が歴史修正主義者になってしまうということ https://hbol.jp/241894 @hboljpより

 ここで引用でも。なるほど。 ルール違反があれば処罰は当然のこと。破っても何もないのであれば、ルールの意味はありませんので。

http://www.nichirekikyo.com/statement/statement20210402.html

歴史研究者による深刻なハラスメント行為を憂慮し、再発防止に向けて取り組みます(声明)

日本歴史学協会では、長年にわたり若手研究者問題を議論する中で、「ハラスメントのない自由闊達で平等な歴史研究活動の実現に努めること」を目指し、2020年7月15日に「歴史学関係学会ハラスメント防止宣言」(以下、「ハラスメント防止宣言」)を発表しました。その後、多くの賛同が集まり、現在では25の学・協会がこの宣言に参加しています。

今般、日本中世史を専攻する男性研究者による、ソーシャルメディア(SNS)を通じた、女性をはじめ、あらゆる社会的弱者に対する、長年の性差別・ハラスメント行為が広く知られることとなりました。この行為は、「ハラスメント防止宣言」の趣旨と精神に大きく背くものです。歴史学系学会の連合組織として、日本歴史学協会は、この事態を深刻に受け止め、強い危機感をいだいています。

さらに、このハラスメント行為が、少なくない数の歴史研究者によって看過されてきたことも問題です。また歴史学界の一部には、上記研究者と同様の重大なハラスメント行為も確認されています。加えて、この経緯が明らかになった後に、主に女性研究者に対して揶揄や中傷を行い、極力声を上げさせないようにする動きも確認できました。これらの事態は、現在の歴史学界における議論の方法やふるまい方の様式自体に重大な問題があり、「自由闊達で平等な歴史研究活動の実現」とはほど遠い状況にあるのではないかと、非常な危惧を抱かせるものです。日本歴史学協会が行った若手研究者問題に関するアンケート調査でも、無視できない割合の回答者が直接的な被害にあったことが明らかになっています。

今回の問題は、歴史学界において長年にわたって蓄積されてきた、ハラスメントをうみだし、それが見すごされてしまう構造が、表出した一事例に過ぎません。この構造のなかでは、すべての歴史研究者がハラスメントの当事者となり得ます。そうした連鎖を断ち切るための取り組みが歴史学界に求められています。

歴史学界全体で、歴史学の研究・教育が社会の中で行われている営為であることをあらためて銘記しつつ、それぞれの言動を、各自で、また相互に、常に振り返ることで、「ハラスメント防止宣言」を具現化する必要があります。

日本歴史学協会は、各学・協会と連携しつつ、今後同じことを繰り返さないための取り組みを早急に進めてまいります。

2021年4月2日

日本歴史学協会  

 
 さて、以下は投げ銭追記。今回の件で利益を得ることは卑しく危険でやりたくない。とはいえ、私も売文稼業をしている。でも、学歴も実績も仕事もなくてほとほと困っている状況ではあります。寛大な方のみどうぞ。ちょっとおもしろい話、献血ポスターのことも書いてみました。

献血ポスターの“加害”とは?

 北村氏の過去の発言を蒸し返す向きもある。北守氏然り。
 そこで提案があります。献血では回数ごとに杯をもらえる。あの色に応じて点数をつけ、高得点の人の意見ほど尊重するようなルールを作って信賞必罰とすればいかがでしょう?

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