第1章 音楽が言葉の壁を越える瞬間 A面
小学校で私が担任しているクラスに、「チョウ・コン」さんという女子生徒がいた。
名前から分かると思うが、中国人である。
日本語は一応話せるが来日して3年ほどなので、まだコミュニケーションには不安があるようだ。
元々、チョウさんは控えめな性格で、クラスの中でも大人しい子だった。
あまり思ったことを口に出さず、担任である私にもそこまで心を開いてくれてはいない感じだ。
そんななか、1つ困ったことがあった。
朝の出席を取るときに、順番に「はい!」とみんな元気よく返事するのだが、チョウさんは、「はい!」が日本語でうまく発声できないのか、それともみんなの前で緊張して恥ずかしいのかは判らないが、いつもうつむいたままで返事をしてくれないのだ。
ちなみに、出席確認などで呼ばれたとき、中国語での返事は「在!(zài)」と言うらしい。
チョウさんに「中国語での返事でもいいよ。」と伝えてはみたものの、イマイチな反応だった。
そうか・・・確かにそれだと余計に嫌かもしれないな。
あまり良い提案ではなかったか・・・反省。
まぁ、理由はともあれ、無理やりに返事をさせるのもかわいそうなので、
「チョウさん、じゃあ声出さなくてもいいので、出席呼ばれたら小さく手を挙げてもらえるかな?」
と言ってみたところ、コクリとうなずいてくれた。
そんないきさつで、チョウさんの出席確認は『手を挙げての返事』ということで落ち着いていたのだが、やはり日本人というのは全員で同じ行動をしないと不満を持ちだす民族なのである・・・
学級委員の律子ちゃんが
「先生、なんでチョウさんだけ手を挙げるだけでいいんですかー?」
うーん・・・・・・
やっぱりそうなるよね・・・
さすが学級委員。
親御さんも大学教授と、ピアノの先生という超サラブレッドだ。
厳しく育てられたのだろう。
挙手と発言に全くの迷いが無い!
でもまぁここは、
「チョウさんは日本語がまだあまり得意でないので練習中なのです!みなさんでいろいろ教えてあげましょうね!」
ということで何とかクラス全員に納得してもらった。
しかしだ、もしかすると、こんな小さなことがイジメ等に発展する可能性も否めない・・・。
それは絶対ダメだ。
やはりここは、皆と同じく元気に返事をしてもらう方法を早急に考えねば。
うむ!!燃えてきたぞ!!やってやるぞ!!
でもなんで、「はい」が言えないのかな・・・?
そんなに発音が難しいのかな?
放課後、チョウさんに聞いてみた。
「チョウさん、出席取る時の返事って言いにくい??」
チョウさん・・・コクリ。
「うーむ、、そうなのか・・・日本語の発音の問題なのかなぁ・・・」
「『在!』でもいいけどねぇ?」
「ヅァイ! 先生の発音、これ合ってる?」
チョウさんはちょっと笑って言った。
「フフフ、へたくそー」
むむむ・・・中国語の発音難しいのね・・・。
ふーむ・・・
なんかうつむいたまま体調も良くなさそうだし、やっぱり気にしてるのかな。
あまり追い詰めてもしかたないか。
もうしばらく長い目で見るか・・・・。
「わかった、できるようになったらでいいから、頑張ってみてね。」
と家へ帰す。
まぁ、うちのクラスは比較的みんな温厚な生徒が多いし、特にイジメ等に発展するような雰囲気はなかったので、とりあえずよしとしておいた。
そんなある日、クラスの女子生徒から、チョウさんが日本のあるミュージシャンにどっぷりハマっているという情報を聞きつける。
そのミュージシャンは、日本の音楽界をを代表するといってもよい二人組
B'z (ビーズ)
だった。
「へー! 小学生でB'zにハマるのか。シブいな~。」
実は私自身も中学生くらいからの大ファンで、CDやDVDも全部持っているほどのマニアだ。
コンサートもかなりの回数行っている。
これは仲良くなる良いキッカケになると思って、チョウさんに話しかけてみた。
「チョウさん!B'z 好きなの?先生も大ファンなんだよ。限定版CDなんかも全部持ってるよ!」
急に大人しいチョウさんの目がキラキラと輝きだす。
今の子たちからすると、限定版CDなんて骨董品扱いかな?(笑)
そんなこんなで、放課後のちょっとした時間や、休み時間はB’z談義に花を咲かせることとなった。
しかしこんなに大人しかった子が、B’zの話になると超絶マシンガントークになる。
あの歌詞の背景はどうだとか、あのライブのMCがどうだったとか、やたらマニアックである。
稲葉さんの実家が岡山県にあるとか、B’zの二人の身長まで知っているという(笑)
「先生、私一番好きな曲があるの!」
「ほうほう、最近の曲かな?」
「ううん、ちょっと昔の歌で、『ウルトラソウル』」
「ほほー。2001年の曲か。チョウさんまだ生まれてないね。」
「そうなの、お父さんがいつも歌ってるの。」
「なるほど、そうか、小学生の親だとその辺の世代もあるな。あれ? でも中国でB’zってそんなに人気あったっけ??」
どうやら、お父さんは来日してからB'zの音楽に触れ、『ウルトラソウル』だけやたらとハマっていたらしい。
だが、娘のチョウさんはそれから他の色々な曲を聴いたり、ライブに行ったりして3年の間にどっぷりファンになったようだった。
「そうかー、こんなに世代が違うのに、同じミュージシャンで語り合えるなんてすごいね。また話そうね。」
本当は、B'zマニア同士として、朝まで熱く語り合うとか、一緒にライブに行きたいくらいなのだが、残念ながら相手は小学生のしかも女子生徒。
そんなことをすれば、完全にロリコンだの、ひいきだの、父兄、教育委員会から猛烈バッシングを浴び、わいせつ教員としてYahooニュースに掲載されるのがオチである(笑)
あーあ、あと20年、いや15年、歳が近かったらなー・・・
「チョウさん! 16歳になったら俺とケッコ・・・」
「!? 何を考えているのだ。俺は変態か。」
まぁそんなことを言ってもしかたない。
ここは教師として、チョウさんが楽しく学校生活を送れるよう応援しよう。
・・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・!!!!!
あっ!
そうか!!
この手があったぞ!!
あまりの素晴らしいヒラメキに思わず大きくガッツポーズをしてしまった。
隣の担任の先生から変な目で見られてしまう(笑)
次の日の朝・・・・・・。
「はーいみんなー!出席をとりますー」
〇〇さん! 「はい」
〇〇さん! 「はい!」
〇〇さん! 「はーい」
・・・・・・・・・・そろそろチョウさんの番だ。
ふっふっふ・・・( ̄ー ̄)
これは絶対にいけるはずだ!!!
今日こそチョウさんに元気よく返事をしてもらうぞ!
〇〇さん!「はい!」
〇〇さん!「はいはーい!」
チョウさん! 「・・・・」
チョウさ~ん。「・・・・」
やはりうつむいたまま返事はない。
そして静かに、チョウさんが手を挙げようとしたその時、
「チョウさーん、ちょっとこっち見て。」
と顔を上げてもらった。
そして・・・その瞬間!
「ウ・ル・ト・ラ ソウル!!!」
と言ってチョウさんを指さしたら・・・・
「ハイ !!!」 (゚∀゚)ノ
と、力強いレスポンスが返ってきた!
キタ━━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━━━ッ!!
「はい!」 言えたーーー!!!
感動で涙が止まらなかった。
チョウさん
「あれ?先生! わたし今、ちゃんと「はい」言えたーー?」
「うんうん!すばらしいお返事でした!大変よくできました!」
「テヘヘ・・」
チョウさんはとってもうれしそうだ。
周りのみんなも拍手喝采、
スタンディングオベーションである。
クラス全員がひとつになった!
ありがとう B'z
ありがとう ウルトラソウル
教師人生、またB’zファンとしても最高の瞬間だった。
音楽が言葉の壁をぶち壊したのだ。
ちなみにこれは偶然の一致なのかどうかわからない。
なぜ今まで気付かなかったのかと不思議だった。
チョウさんのフルネーム「チョウ・コン」さん。
漢字で書くと、
『 超 魂 』
だったという・・・・・。(゚Д゚;)ナントー
ウルトラ ソウル!
はい!(≧▽≦)ノ
続きはこちら!
第2章 B面
第3章 B面続き
最終章 B面続き
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