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2019年5月の記事一覧

「お隣の親子」解説

自宅の近所を通りがかったときに空き家を見つけました。
しばらく、通るたびに観察していたのですが、場所が悪いせいかなかなか売れません。
この空き家、売れないなら何か有効に使える手はないだろうか、と考えたのが、この作品のもとです。

書きはじめたときには怖い作品にするつもりはありませんでした。
書きつづけるにしたがって不穏な空気が漂うようになり、結末がああいう感じになってしまいました。

で、

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旋律

ぼくは、道路横の堤防の上に腰をかけ、海と空を眺めていた。海は群青色で、青空は初夏独特のにじむような色をしていた。ところどころに、まゆ玉のような雲が浮かんでいる。雲のあいだを漂うように、とりどりの音符が浮かんでいるのが見えた。ぼくはタバコを取り出し口に咥えると、ライターで火をつけた。ゆっくりとひと息吸いこんだあと、煙を音符に向けて吹きかける。音符は弾け、ぼくの、聞こえないはずの右耳にだけメロディーを

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お隣りの親子(後編)

ゆっくりと外が暗くなり夜が来た。お隣りさんの彼女は、お昼に引き続き夕食も作ってくれた。わたしは、一旦食卓には座ったものの食べる気にはなれなかった。彼女の娘に誘われてテレビゲームもしてみた。その50年後のテレビゲームは、壁一面にゲーム画面が映し出されている。映像は素晴らしく臨場感たっぷりだったが、イライラして集中できなかった。
わたしは母子に寝ると告げた。それを聞いた娘は残念そうな顔をしていた。

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「不在の国」解説

素人の考えですが、今後、日本が急速に変わっていくだろうことは想像できるような気がします。
高齢者がさらに増え、年金制度が破綻し、富裕層と貧困層の格差は広がっていくでしょう。
労働者人口、というよりもいわゆる3Kの仕事の従事者が減ることは目に見えています。その労働力を補うために、それこそこの作品に出てくるようなクローン人間やアンドロイドなどの人間の代替物が出てくるのかもしれません。

もしそれらが

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「あたらしい色」解説

成長って、なんなんでしょう。
個人的には、人間の成長って、たとえばできなかったことができるようになる、が一般的でしょうか。
勉強や運動はもちろん、食べられないものが食べられるようになったりも成長と呼べるでしょう。

あとぼくはもうひとつ、今まで気づいていなかった感情に気付くということをあげたいと思います。
小さいころは、単純だった(ように思えた)感情が、実はいろんな感情が複雑に絡み合っているこ

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「夏のはじまり」解説

コメントでも指摘いただいたように、最近はエッセイはほとんど書いていません。
この作品も、実は2016年に書いたものに前部分の段落を追加したものです。
ぼくは、作品に関してのデータを残すのをすぐに忘れるので、いつ書いた作品なのかわからないことが多いのですが、この作品に関しては2016年9月26日という日付がありましたので珍しくはっきりしてます。

この作品は、たしか人に読ませる作品として、はじめ

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「ロスト・エイジ」解説

ぼくは、この作品に書いたようなこと、データバンクを体に取り付けるということは、近い将来、いやコストや倫理観を抜けば、もうほぼ可能なんじゃないだろうかと思っています。
今でも、スマホとインターネットでその代用は充分につとまるような気もしますし。
あとはそれを使っていることを、人に意識させずにデータを取り出すことができれば、完成ですが、この辺りがいちばん難しいのかもしれません。
この、「意識させない」

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「旋律」解説

音楽が好きというかたは多いのではないでしょうか。
また、音楽が好きという自覚はなくても、「この曲だけは好き」とか、「これ聞くとなんとなく安らぐ」とか「ここが耳に残る」など、特定の曲を聞いて心になにか感じるかたもきっといるでしょう。
ぼくも、「この曲のこのフレーズがグッとくる」と感じることがよくあります。
その曲というのは人それぞれ違うのでしょう。ならば、もし人それぞれに主題のあるメロディーが付くの

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「振り向けば、ダルマ」解説

ぼくはどうも人が困っていると弱いようです。
前回noteに公開させていただいた作品、「透明な箱」を最後に、週刊キャプロア出版への参加はやめようと考えていました。
出版準備のためのグループメッセージも見ないようにして、自分の心に波風を立てないようにしていたのです。

ぼくは移動販売でコーヒーやプリンなどの販売を生業としてやっているのですが、出店している際に、この作品が掲載されてされた号のリーダー

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振り向けば、ダルマ

自宅への帰り道、背中に視線を感じた。ふりむくと、5mほど向こうからダルマがこちらを見ていた。手足のないあの真っ赤なダルマだ。ぼくの腰くらいの背たけで、右目の黒目はない。黒目は左目だけに入っている。その左目と、ぼくの目が合った気がした。
「え?」
思わず声が出た。
近づこうと一歩踏み出すと、ダルマはその分音もなく遠ざかった。今度は走ってダルマに向かう。ダルマはぼくの走るのと同じスピードで逃げた。

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透明な箱

見たことのない路地の風景が目の前に広がった。この路地が僕の家までの近道なのは以前から知っていた。僕は気が小さい。普段は必ず大通りを通ることに決めていた。
つき合い始めたばかりの彼女は怖いものなしだ。僕の手を引き、ズンズンと大股で歩く。僕は足がすくんでいたが彼女に引きずられるように進んでいった。彼女は背は小柄だが歩くのが速い。少し太めで目が小さく鼻が上を向いている。そこが愛嬌なんだ。こんな風に性格は

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「透明な箱」解説

先日、カミさんの知人友人のグループの飲み会に参加してきました。
カミさんの知人たちは、ほとんどがぼくたちと同じように既婚でしたが、ぼくが来たことが不思議だったようで、口ぐちに「夫婦、仲いいですね」と言われました。
どうもほとんどのかたは、自分たちは夫婦仲がよくないと思っておられるようです。
ぼく自身は、とくに仲がいいという実感はなく、夫婦仲は普通だと思っています。くだらないことで言いあいし、ケンカ

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「しずく」解説

この作品は、キャプロア出版の100人で書いた本「嘘」編に掲載されました。

口から息を吐くように嘘をつく人もいるようです。ぼく含めて、小説家なんてその典型かもしれません。
ただ、当たり前につく嘘はドラマになりにくく、共感を得にくい気がします。結果、作品として書く場合は、やむにやまれぬ嘘、ネガティブな感情を隠すための嘘が共感されるのではないでしょうか。

あらためて考えると、この作品も同じラ

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白い海

高い壁ぎわを歩いていると、わたしの鼻を魅力的なにおいが刺激した。
どうもそのにおいは、わたしの横にそびえる、この白い壁の向こう側から漂ってきているようだ。
わたしは壁の方に向きを変え、その壁を眺めた。壁はわたしの背よりも数十倍はありそうだが、わたしは身が軽い。なんとかよじ登ることができそうだ。わたしはその壁を登ってみることにした。

壁の頂上に近づくと、香りはさらに強くなった。酸いような甘いよう

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