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銀河フェニックス物語 <恋愛編>  第六話 父の出張(21)

レイターのスピードのある球にアンドレが対応し始めた。
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* *

 コートの脇のギャラリーは静まり返っていた。ボールを打ち合う弾けた音だけが響いている。
 大会でも何でもない。ただの試合形式の練習。
 なのに、隣のコートのプレイヤーも皆プレーを止めて熱戦に見入っていた。
 ここを練習場としているアンドレの上手さには定評がある。ハイスクールの選手権大会で六位入賞という本格派の実力だ。

アンドレ横顔前目む

 そのアンドレを相手の男性が圧倒的な速さで苦しめていた。まるで初心者のようなフォームから繰り出される球の威力に目を見張る。そして、よく走る。混合ダブルスの試合であることを忘れてしまいそうだ。バテ気味の女性ペアの範囲まで縦横無尽に飛び回る。

 変化球を織り交ぜて丁寧に打ち分けるアンドレを、スピードのある球で攻め立てる。殺気のような緊張感。

 ベンチに座っているティリーの母親がつぶやいた。
「どちらにも勝たせてあげたいわ」   

* *

 ハードコートから立ち上がる熱が足に絡みつく。ティリーはあせりを感じた。ビハインドの状態が続いている。
 珍しい。レイターの息が荒い。わたしが走らせているからだ。どれだけの運動量なのだろう。
 少しでも球が甘いと、リオはすかさずわたしを狙ってくる。わたしのエラーをレイターは曲芸師のように拾う。

 でも、いくら彼の足が速いと言っても限界がある。
 久しぶりのテニス。
 お遊びだと思ってレイターを誘って、最初は楽しんでいたけれど、こんな真剣な状況になるなんて。

 レイターのリターンで追いつく。
 デュースが続く。

 レイターは勝負にこだわっている。『銀河一の操縦士』は負けず嫌いだ。そのメンタルで、レースやバトルで勝ち続けたのだ。わたしは足手まといにしかなっていない。

 アンドレは昔と変わらずミスが少ない。ストレートで返してくる。
 わたしのカバーに入っていたレイターは追いつけない。
「くっそー!」
 いらだった声がコートに響いた。

 レイターの様子がおかしい。テロだろうとハイジャックだろうと命がかかった場面でも、基本的にへらへらしている人なのだ。こんなに余裕がない姿を見るのは初めだ。
 滝のような汗。顔色も悪い気がする。テニスは嫌いだと言っていたことを思い出す。
「レイター、大丈夫?」
 普段なら「平気平気」と強がりが返ってくるところで、レイターは敵のコートをにらみつけた。
「しょうがねぇな。やりたかねぇが……」

海レイター@シャツむ逆大

 一体何をする気。まさか、リオを狙うつもりじゃ。わたしはレイターに駆け寄った。
「わたしにアンドレの球が当たったのは、わたしが下手だったからよ」
「わあってるよ」
「じゃあ、リオを狙うのは止めて」
 レイターがフッと笑った。
「あんた、俺が女性にそんなことすると思うか?」
「思わない」
「さすが、俺の彼女。よくわかってる」
 そう言ってわたしの頭に軽く手を置いた。レイターはわたしだけでなく銀河中の女性に優しい。彼女としては複雑なやりとり。

 スパンッ。パンッ。パン。

 レイターとアンドレのラリーが続く。リオもわたしも入るタイミングがつかめない。

「どおりゃぁ!」
 レイターがバックでストレートに打ち返す。アンドレが追いつく。えっ、バウンドした球が滑るように低い。アンドレが空振った。
「バ、バックスライスか」

 思わず振り向いた。
「レイター、あなた変化球打てるの?」

n12ティリー振り向ポニーテール@やや口ノースリーブ

「あん? 打てねぇって誰が言った?」
「だって、今まで打たなかったじゃない」
「嫌ぇなんだよ。けど、あのアンドレの野郎、思った以上に手ごわい。直球一本じゃきかねぇみたいだからな」

 レイターはよくわからないフォームから、トップスピンだろうとフラットショットだろうと自在にかけていた。絶対にテニスの経験者だ。

テニス3

 こうなるともう手が付けられない。
 そもそも打ち方がめちゃくちゃで予測が立てられない。突然の変化球にアンドレとリオは慣れる暇がなかった。わたしは、レシーブにだけ対応しているうちに、試合が終了した。

 テニス部元キャプテンのペアに勝ってしまった。    (22)へ続く

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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」