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銀河フェニックス物語 <恋愛編>  第六話 父の出張(24)

レイターの足の甲の骨にひびが入っていた。テニスでケガをしたのかと聞くとレイターはむっとした顔をした。
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「あんたと一緒にすんな。あんなへなちょこテニスでケガなんかするかよ」
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 テニスじゃなくてレイターがケガをした。とすると……思い当たるのはその前の騒ぎだ。

「暴走タクシー?」
「ああ」
 あの時だ。パパをかばってレイターがエアタクシーを蹴り上げた時。無茶なことをする、と思ったのだけれど、あの後、バタバタして忘れていた。

 この人、骨にひびが入っているのに、わたしにつきあってテニスの試合をやったということ? 
 むっとしてきた。
「どうして、平気なふりしてたのよ」
「あん? ふりじゃねぇよ。べつに平気さ。骨なんか固定しときゃ自然にくっつく。さっきレントゲンも撮ったから、タクシー会社に治療費もちゃんと請求できる。ノープロブレムだ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
 わたしがソファーを叩くと、レイターは顔をしかめた。振動が伝わるだけで痛むようだ。

 なのに、そんなそぶりを少しも見せなかった。
 その理由はわかる。わたしたち家族に心配かけたくなかったからだ。
 アンドレと対戦したテニスの後半、レイターに余裕がなかった訳もわかった。本当に体調が悪かったんだ。使いたくないと思っていた変化球を使ったのは、足が思うように動かなかったからだ。

 彼女であるわたしにはちゃんと言ってくれればいいのに、この人はいつもこうだ。
 知っていたら、テニスなんてやらなかったのに。腹が立ってきた。自分の鈍感さが嫌になる。
「何、怒ってんだよ」
「怒りたくもなるわよ。あなたのこと心配して……」

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「へえ、昔の男に優しくされて、うれしそうにしてたくせに」
「何ですって! あなたなんか、ほかの女性にボールが当たったら、すっ飛んで介抱しに行くじゃない」
「あんたはほかの女とは違う」
「何なのよその理屈!」

 興奮してソファーに座ったらレイターの足先に触れてしまった。
「いっでぇ~!」
「ご、ごめん」
 何となく喧嘩の空気が途切れた。と、レイターが突然わたしの目を見つめた。青い瞳が近い。
「ティリーさん、あんた幸せか?」
「え?」
 質問が突飛過ぎる。レイターの真意がわからず、頭も口も固まった。
「……」
「何でもねぇ」
 レイターは下を向いてまたテープを巻き始めた。

 頭を冷やそう。わたしは部屋へ戻った。
 離れてから気がついた。
『あんた幸せか?』って言うのは『俺と付き合って幸せか?』と聞きたかったんじゃないだろうか。元カレのアンドレと会ったせいでレイターが珍しく神経質になっている。
 
『もちろんよ』って素直に答えてあげれば良かった。リオの言う通りだ。わたしには鈍感なところがある。

**

 
 月の御屋敷でアーサーさんが待っていた。
「ほれ、みやげだ」
 レイターが無造作に紙袋を投げつけた。公園の屋台で買った太陽飴だ。

 アーサーさんがその中の一つをとりあげて光にかざした。紫のラインが入ったグレープ味。
「これだな」

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 アーサーさんが太陽飴を紫のラインに沿って捻ると、飴がカパッと半分に割れたというか開いた。おもわず目を見張る。中は空洞になっていて小さなチップが入っていた。
「そ、それは?」
 驚くわたしにアーサーさんは静かに顔を向けた。
「データチップです。アンタレスの新技術がアリオロン同盟に流出して、新型大量破壊兵器の開発に利用されそうだったんです」
「えっ?!」
 二つの意味で驚いた。アーサーさんが軍の機密を無関係のわたしに伝えたことと、その内容に。
「セントラルパークの屋台を利用した流出ルートを秘書官のカルロスが掴んだので、レイターにデータチップを取り返しに行ってもらいました」 

n220カルロス軍服一文字

 これがレイターの特命諜報部の任務。
 聞きたくない、認めたくない話だった。平和で安全なわたしの故郷アンタレスが、戦争で人を殺すことに加担しようとしていた。
(25:最終回)へ続く

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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」