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ホーランジア ~140度の彼方 君とあの日 見上げた星空~

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第二次世界大戦の史実を元に、エンタメで今まであまり取り上げられたことがなかったニューギニア戦について、戦後75年の頃に書いた小説です。拙すぎていまだ書籍化に至っていませんが、80… もっと読む
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『ホーランジア』 Prologue

戦争は良くない。そんなこと昔から誰だって知っている。私も。 だけど平和は退屈で、命がけの恋ってどんなだろうとか、戦争映画を観る度に思っていた。特攻隊の男子と命がけで恋してみたいなんて、正直、憧れていた。 そう、憧れてい『た』んだ。 昭和19年の4月、日本のほぼ真南にあるニューギニアという島は、戦場だった。そこで私が見たのは、大好きな、泣ける戦争映画の『戦って散る美しさ』なんかじゃなくって、泥にまみれてただ森の中を歩くだけの……死の行進としか言いようがないものだった。 勝

『ホーランジア』01 朝食バナナダイエット

――緯度、経度は地球上の位置を表すもの。同じ緯度どうしを結んだ線を緯線、同じ経度どうしを結んだ線を経線という。赤道は0度の緯線、日本の標準時は兵庫県明石市を通る東経135度の経線―― やばい、全くやれる気がしない。 中学3年生になったというのに、進路もイマイチ決まっていないまま、今まで勉強した範囲の総まとめテストが始まろうとしている。範囲が広すぎて何していいか謎すぎる。1年のときのノートをパラパラとめくるも、記憶喪失にでもなったかというレベルで書いた覚えのない授業内容が記さ

『ホーランジア』02 どうせなら海がよかった

正直、パラボラアンテナとかどうでもいいと思っていた。 私たちは校外授業で隣県に来ている。遅咲きの桜が見頃なのがいいかなくらいで、だけど地元もちょうど満開から終わりかけぐらいだから桜も飽きたというか、そんなにポイント高いという程でもなく。学校で座学するよりかは、まあ、天気も良いし気持ちいい。 「……南十字星とは、1つの星ではなく1等星アクルックスを含めた5つの星からなる星座で、昔の人はこの星座を方角の目印にして航海などをしていました。この星座は……」 大学の研究施設でプラ

『ホーランジア』03 潮干狩りは戦い

4月最後の週末、私は家族と潮干狩りをしに海へ向かっている。まだ涼しいというよりは寒いに近い体感だけど、潮風の吹き込むドライブは心地いい。 「海! 海だ! ねーちゃん、見てほら海! ほらまた見えた! こっち側ずーーーっと海だぜっ!!」 「葉月うるさい、テンション高過ぎ」 「いいじゃん! だって海なんだぜ!」 車窓から望む景色は住宅街で旅行気分になるほどのものではないのに、家と家の隙間からチラチラと海が見える度に弟が叫ぶ。 窓から乗り出しそうな勢いで興奮する弟に呆れつつ、私

『ホーランジア』04 信じられない出来事

どこを向いても、さっきまで見ていた綺麗な海ではなかった。一体どうしちゃったの? 海は? 貝は? 水辺には違いないけど、沼か湖か、とにかく突然別の場所に移動したみたいで気味が悪い。 煙臭さに混じって女子力高めの柔軟剤みたいな甘い香りが漂っている。辺りを見回すと、白と黄色のグラデーションが綺麗な花が木の枝に咲いていた。これ、なんて花だっけ。ハワイとかでレイ……だっけ、首飾りにしたりする南国の花だったと思う。思い出した、プルメリアだ。それに、暑い。要するに、すごく……南国っぽい。

『ホーランジア』05 さよなら弥生

私たちは近づいたり遠ざかったりする敵襲を警戒して、しばらく茂みに隠れていることにした。日が高くなってきて、暑さが増してきた。茂みの中はまだいくらかはマシなんだろうから、今、外に出たらきっともっと暑いに違いない。こんな中を2日も歩いてきて、その前からお風呂に入っていないとなれば、そりゃあ多少の臭いもするのは当然だ。だけど、自分だったらちょっと耐えられないと思った。 「お風呂、入れないのツラくない?」 「まあな」 「敵がいなくなったら、すぐそこで水浴びくらいしてくるとか」 「い

『ホーランジア』06 ふたりきりの夜

日が暮れて、足元はもうほとんど見えない。昼間はあんなに暑かったのに、だんだんと冷え込んできた。鳥も敵機も飛ばない静かな空のかわりに、今度は地面が騒がしくなっている。たぶん鈴虫みたいな虫とかカエル。鳴き声に涼しさを感じて、地元と似ているなと元いた時代のことを思い浮かべる。 夏になると「熱帯夜、熱帯夜」と繰り返すテレビに違和感しかなかった。テレビ局がある東京は、夜も暑いらしい。だけどうちのあたりは、夜になれば寒いくらいの日だってある。真夏に毛布を被って寝ることがあるのを、東京か

『ホーランジア』07 ここで生きる覚悟

昇さんについて行くと、荒れた畑の隅に木造のバス停とか無人販売所みたいな小さな上屋があった。そこにもたれかかるようにして軍服の男の人が座っているのが見える。 「あの人! 日本軍の人!?」 「そのようだ」 「寝てる? 具合でも悪い? それとも怪我してる?」 「…………」 何も言わない昇さんの様子が気になったけど、私は味方を見つけた気持ちでテンションが一気に上がった。 「行くな!」 はやる気持ちが抑えられなくて足早になっていた私を昇さんが止めた。そうだった。敵とか味方以前に

『ホーランジア』08 ジャングルの洗礼

それから丸4日かけて、昇さんが言っていた湖の西端、ヤコンデまで辿り着いた。 敵襲に怯え、地図にはないような小さな川、湿った森の中で火がおこせない夜、先を歩いた人の息絶えた姿を嫌というほどに超えて、やっと。 だけど、見回しても人の気配はなくて、誰かが暫く留まっていたらしき跡だけがあった。 「ああ、どうやら先に進んだようだ」 「ごめん、私のせいだよね」 「いや、お前はよく頑張っているよ」 木の枝にメッセージが書かれた紙が刺さっていた。 『山路ゲニム向カウ 至急追及セヨ』

『ホーランジア』09 ずっと5人で

全員が調子を取り戻したあとも、向井さんはまだ微妙な顔をしていた。 「相変わらずお前は腹が弱えなぁ、向井」 「山根さんたちが丈夫過ぎるんすよ」 「まあ、一番食ったがらじゃねえか? わはは」 それでも私たちはゲニムを目指して足を進め続ける。不調といえば、昨日から雨が降り続いていて、私は風邪をひいてしまった。歩けないほどじゃないけど、熱が少しあるようなだるさで朝を迎えた。 「生弥、しんどそうだな。大事けぇ?」 「はい、大丈夫であります、阿久津上等兵殿! お気遣い感謝します!」

『ホーランジア』10 後悔の先に

私たちはあの日以来、ほとんど話すことなく歩き続けた。 向井さんを丁重に埋葬した日、予定より少し遅く出発した朝は快晴だった。流されてきた川に沿って森の中を歩くと、生い茂る樹々の隙間から川面が覗いた。太陽を反射させてキラキラ光って、私たちをあんな目に合わせた川と同じだなんて、とても思えないくらい綺麗で。水も、かなり引いていた。それを見た時の昇さんの顔が忘れられない。きっと自分を責めていたんだと思う。一晩だけ待てば、って。 だけど、前日あんな勝手なことを言った私が掛けられる言葉

『ホーランジア』11 あの河の向こう

森に潜んで進むこと2日、とうとうゲニムを目前にした河まで着くことができた。だけど天気はあいにくの雨。晴れでもバケツをひっくり返したみたいに降るこの島の雨だけど、今日は空も薄暗い。雷鳴も激しく轟いて、ドラムとか太鼓とかって悠長なレベルじゃない。知らない人に窓をドンドンと叩かれてるみたいな差し迫った恐怖を感じる。雨が川面を砕くように打つ様子も滝壷みたいで恐ろしさしかない。 「さすがにこれでは止したほうがいいだろうな」 「雷、すごいね……」 「お前が来てからはここまで鳴ったのは初

『ホーランジア』12 ベッドの上

何度目かの白い浮遊感と黒い閉塞感から目覚めて見たものは、白い天井だった。ここ、病院? 体が重くて、全神経を研ぎ澄ましてやっと、自分の指を自分の意志で動かせることがわかった。どこかが痛いとかじゃない。ただただ、体が重くてだるい。 まともに首も動かない状態で、なんとか見える範囲を見渡す。白い天井はパネル状になっていて、照明が埋め込んである。天井からはオフホワイトの細いポールが等間隔に伸びて、同じ色のカーテンレールがぶら下がっていた。カーテンは清潔そうな明るいパステルオレンジ。上

『ホーランジア』13 戦争経験者

歩けるようになったところで退院して、家に戻った。なぜか謎の栄養失調になっていて、病院としてはもう少し加療したいようだった。だけど未知の感染症が世界的に猛威を奮い始めていて、病床を整理しないといけないらしい。 謎の栄養失調。点滴を入れてもなかなか改善されなかったと心配された。私は理由が分かっていたけど、リアルで栄養失調だったんですとも言えず、大丈夫ですとだけ言って病院を後にした。それに、退院は私にとっても都合が良かった。できるだけ早く退院して、あの時代のあの島に戻らなきゃいけ