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『ホーランジア』04 信じられない出来事

どこを向いても、さっきまで見ていた綺麗な海ではなかった。一体どうしちゃったの? 海は? 貝は? 水辺には違いないけど、沼か湖か、とにかく突然別の場所に移動したみたいで気味が悪い。

煙臭さに混じって女子力高めの柔軟剤みたいな甘い香りが漂っている。辺りを見回すと、白と黄色のグラデーションが綺麗な花が木の枝に咲いていた。これ、なんて花だっけ。ハワイとかでレイ……だっけ、首飾りにしたりする南国の花だったと思う。思い出した、プルメリアだ。それに、暑い。要するに、すごく……南国っぽい。もしかして、また倒れて夢でも見てるのかもしれないと思った。

「ひっ!!」

気配に慌てて耳を塞いで地面に伏せた真上を、またさっきみたいな爆音爆風と共に、飛行機が掠めていった。でも今度のはもっと近くて、トラクターが走ったあとみたいなオイルと金属の臭いがする煙があたりにたちこめる。戦闘機……だったような。

夢だと思いたい頭の中に、夢だと思えないリアルが差し込む。明らかに、変だよ。夢じゃなきゃおかしいぐらいの変なことが起きてる。だけど、体が、これは夢なんかじゃないって震える。

校外学習のときの不思議な画像と、リアルな砂浜を思い出す。あの時も飛行機が飛んでいたし、男の人も軍服みたいなのを着ていた。あれは夢だと思おうとしたけど、あの時に髪から落ちた砂、あれはやっぱり……。

肌にはり付くみたいな暑さ、いかにも南国ですって感じの木や花、そして青いはずの空に立ち込める黒い煙。遠くで、騒がしい声がする。

普通じゃない! 絶対おかしい! これ、映画で見た戦争とそっくりだ。戦闘機も爆撃音も全部、映画の爆撃シーンのそれだった。理解したくない現状を理解してしまった頭が、体をガタガタと震えさせる。逃げなきゃ。ここから逃げなきゃ!

ここから、どこへ? ていうか、ここがどこなの? 足がすくんで動かない。殺されちゃうかもしれないのに、一歩も動けない。どうか夢であって! 今すぐ目覚めて!

また戦闘機!

「やだ! 無理! もう無理だから! 夢なら起きるから覚めて!」

すぐ近くのプルメリアの木が攻撃を浴びて、枝も花も砕け落ちる。甘い香りは一瞬にして煙臭さに変わってしまった。それと同時に誰かが腕を強く掴んできて、茂みに引き込まれた。

敵!? 私ここで死ぬの!? 硬直していうことをきかない体は抵抗もできずに、その腕でねじ伏せられた。男の人だ。無理! 色々と無理! もう怖い! 怖いしかない!

「阿呆!! 死にたいのか!」

怒鳴りつけられて、一瞬、もう本当に殺されるかと思った。でもいま「死にたいのか!」って言ったよね? もしかして助けてくれたの? 顔を見たいけど、まだ組み敷かれたみたいに覆い被されたまま。お礼を言いたいのに震えて声がうまく出せない。

「あ……、あり……」

茂みの中からでも、上空で爆撃が起こっているのが分かる。立て続けに銃みたいな音、爆発の音、遠くで物が燃える音……。少しの間だけ止んで、また飛行機の近づく音、そして攻撃音が後に続く。どれだけの間そうしていたか、私の上に被さっていた人が体を起こした。いつの間にか、震えは止まっていた。

「あの……」
「やっぱり、日本人なんだな」
「え」
「髪が赤いから敵国民かと思い、助けるのが少し遅れた。すまん」
「そっ、そんな! 危ないところをありがとうございました」

男の人は、私を少し不思議なものを見るような目で見ていたけど、誠実そうな真っ直ぐの眼差しで謝ってきた。

優しそうな柔らかい声。薄暗くてよく見えないけど、彫りの深い整った輪郭。痩せていそうなのに、ガッチリしている。軍服だ……。でも今の日本にはないはずだから、やっぱり夢? にしてはリアル。

それにしても赤い髪って。ミルクティピンクだよ。敵国民とか、言っていることがレトロすぎて、それもまたこの世界観を一層リアルなものにしていた。

「それにしても、なぜ女の身でこんなところに? 民間人ではないのか? そもそもその妙な格好は一体なんだ、はしたない」
「え、えっと」

こっちだって聞きたい事は山ほどあるけど、彼からしてみたら私の存在こそが疑問なのだろう。それもわかる。だって、明らかに異質だ。お互いに。

とりあえず、そんなわけはないと思いつつも、現実味のあることを言ってみる。

「あの……自衛隊、の、かたですか?」
「ジエイタイ? 何を言っているんだ? 大日本帝国陸軍を知らんわけじゃなかろう?」
「だいに、っぽん……」

頭の中に、この状況を説明するためのものがいくつか浮かんでいる。

一つは、ただの夢。
うん、これが一番しっくり納得。初恋散華の影響を受けちゃっているんだ、きっと。

もうひとつは、死後の世界。
死にたくはないけど、海難事故なら、まあこれもわかる。

あとは、記憶が飛んでいるとか。
潮干狩りはもう終わっていて、家族との帰り道でなぜか私だけ映画のロケ現場に迷い込んだ。ちょっと無理あるけど、そんなこともあるかもしれない。

だけど考えたくないのに、そんなこと実際にあるわけがないのに、一番濃厚な感じがするのが……。大日本帝国陸軍なんて真顔で言っちゃう、軍人コスプレにしては出来過ぎで汚れ切ったこの感じ。

「あの、ごめんなさい! 変なこと聞いたついでに! 今って何年ですか?」
「なんだ、頭でも打ったか? 昭和19年に決まってるだろう」

ああああああ! ほらね! やっぱり真顔! この人、嘘なんかついていないし、コスプレさんでも役者さんでもないよ! 本物! 本物の軍人さんだよ! どうしよう、どうなっているの? なんで? 今、令和だよ? 昭和19年って何年前? えっと、終戦が昭和20年だから戦争真っ只中……。私、本当にタイムスリップしちゃってるの…………!?

「ううむ、怪しいな。顔と言葉は日本人だが、その赤い髪といい格好といい、西洋人そのものじゃないか。まさか敵国の人間じゃないだろうな」

おかしな格好でおかしなことを言う私を警戒しだしたのか、男の人が険しい顔つきになった。待って待って! ただの女子高生ですから!

「あっ、違います! 信じてもらえないかもしれないけど、まだ私も信じられないんですけど、あのっ、タイムスリップって、わかりますか?」
「この状況で女子が軍人を前に敵性語とは、いい度胸だな」
「適正後? なんですかそれ?」
「敵性語を知らんのか? 本当にどうなっているんだ……貴様、何者だ?」

タイムスリップ、わからないか。んー……。

「私、未来から来たんです! 令和2年! えっと、60年? 70年かも! それくらい先から飛ばされてきちゃったみたいなんです!」
「ふう。何かを隠し立てしての発言でないなら、本当に頭を打ったか恐怖でおかしくなっているんだな。可哀そうに」

男の人が、頭を掻いてやれやれという風で、私をチラチラと覗き見るような顔をしている。どうしよう。なにか信じてもらえそうなもの……。

「貴様ァ! やはり敵国から送り込まれてきた諜報員か! 迂闊にそんなものを着てのこのこやって来るとは、余程の阿呆か愛国者にも程があるっ!」
「ひっ!」

突然、威圧的な太い声を浴びせられ、体がまた硬直した。貴様、なんて学年主任の田村が言うのくらいしか聞いたことないけど、それより100倍、ううん、1000倍怖いよ。助けてくれたはずの男の人が、短刀を抜いて私に突き付けてきた。ものすごい目で男の人が睨んでいるのは、私の胸元だった。

正確には、胸元の、プリントだ。ピンクラメにシルバーのプリントがしてあるお気に入りのロンT。ああ、そういえば、絶体絶命だ。なんでって。

これ、なんか英語の文章プラス、アメリカ国旗のプリントだよ………!!

突き付けられた刃と鋭い眼差しのせいで、さっきよりもガチガチに固まって、体は自分の意志とは関係なく小刻みに震える。

「ああああ、あののの、あのっ、待っ……」
「問答無用っ! 敵国諜報員ならば話してもらわねばならぬことが山とある! 軍人とて所詮は女、男の俺に力で敵わぬのだから無駄な抵抗はせんことだ」
「違っ……」
「なんだその目は! 涙も色仕掛けも通用せんぞ!」

もう、目がマジだよ。色仕掛けなんか、この女子力ゼロの私が持ち合わせているワケないのに。何なの!? この状況。百歩譲ってタイムスリップしちゃってるなら、ここは出会って恋がはじまるところなんじゃないの? 助けてもらって、そこからラブストーリーなんじゃないの? これが現実なら、シビアすぎでしょ、リアルすぎでしょ! それともこれも女子力ゼロのせい!?

ふざけたことを考えている場合じゃないのは理解しているけど、真面目に考えることを脳が拒否しているのか、笑ってごまかそうみたいなことばっかりが頭に浮かぶ。まだ、夢か何かだと思いたいんだ。だけど夢ならもっと甘口が見たいよ。無理、ホント無理! 帰りたい帰りたい帰りたい! 元の時代に帰して!!

外の騒ぎは少し遠ざかっているみたいだった。飛行機の音も近くない。今なら飛び出せば逃げられる? ううん、たぶんそんなことしようとしたら殺される。おとなしくしていれば、なんとかなるかな?

でも諜報員ってスパイだよね? 酷い尋問とかされちゃうんだろうか。私は映画で得た戦争知識的なものを総動員して考えを巡らせる。思い出せる場面は拷問のオンパレードだった。しくじったスパイの扱いは敵も味方も残酷なものだ。死にたくない死にたくない、拷問もやめてください、どうか夢なら早く覚めて……っ!

「両手を頭に乗せて伏せろ。抵抗するなら容赦しないが、手荒なことはしたくない」
「は、ははははい」

もう、言われるままにするしかない、と思った。茂みの中は足元がぬかるんでいた。そこにうつ伏せになり、泥で顔も服もぐちゃぐちゃになる。口の中にも泥が入りそうで、必死に横を向いた。泥と草の臭いが鼻に入って蒸し暑さでムっとする。最悪な臭いだ。

「うっ」

背中に、どしんと男の人がまたがった。顔を横にしてるところに胸を上から圧迫されて、息が苦しい。体の線を服の上から叩くようになぞっている。たぶん、私が武器を持っていないか、調べているんだ。潮干狩りに来てただけなのに、なんでこんなことに……。

「動くなよ」

動けません!

「食い物が豊富なんだな、そっちは」
「へっ?」
「栄養状態が良さそうだ」
「ちょっ」

今、さらっとデブって言った? 栄養状態が良くてすみませんね! 頑張ってダイエットしてるんですけどね! 女子高生の体に触り放題の上、デブって! やだもう死にたい!

「これは何だ?」
「あ、スマホ」
「す、まほ?」

あった! 未来の証明! これで信じてもらえるはず! ようやくこの窮地から抜け出せると、ホッと胸をなでおろした。

「諜報機の類か」
「それはっ、スマホといって、未来の電話なんです」
「電話!? これがか? 苦しい嘘だな」
「嘘じゃないです! あっ、でも昭和19年じゃ電波ないんで使えません」
「そうやって頓珍漢なことを言う。やっぱり嘘じゃないか」
「違いますっ! あと、カメラにもなるんです」
「やはり諜報機だな」
「貸してください、やってみせますから」
「駄目だ。援軍を呼ぶに違いない」
「んもう! スパイって、捕まったら喋る前に自殺するとかでしょ? 私ヘタレなんで自分で死ぬとか無理です! それにもし本当にスパイだったとしても、援軍なんか呼ばないし呼んでも来てくれないですよ。スパイなんて使い捨てでしょ? むしろ来たらそっちに殺されますよ。ただ信じてほしいだけです!」

馬乗りの男の人に必死で説明を試みる。文字通り必死。だって信じてもらえなきゃ、きっと最終的には殺されちゃうんだ。唇についた泥の味が最後の晩餐なんて、ごめんだよ……。

「わかった。ではどうやって使うか言え。俺が操作する」
「指紋認証だから、私じゃないと使えないんです」
「指紋? 指か。わかった、どの指だ? 切り落として使おう」
「切らないで! 指、出すので切らないで!」

本気か嘘かわからないような脅し文句も、今は全く油断できない。全部本気と思ってかからないと、本当に指を切られかねない。心臓がドキドキする。

違うのに。したいのは、こういうドキドキじゃないよ。

「右手の、親指を、下側の小さな長丸に押し付けてみてください」
「こうか? おお! 何だこれは!」

男の人はスマホが起動した途端、タイムスリップモノで過去人がよくやる反応そのままに驚いた。ちょっと笑いがこみ上げてしまう。笑っちゃだめだ、我慢我慢。

「それで、下の方の丸いアイコン、じゃない、灰色の玉みたいなのに指で触れてみてください」
「こうか?」
「あ痛っ、もう私の指じゃなくて大丈夫です」
「そうか……おっ! 凄いな、ファインダーがこんなに大きいのか」

ロック解除の時に使った親指をねじるように再利用されて、思わず小さく悲鳴を上げてしまった。私の指じゃないとだめって言ったからなんだろうけど、スマホ知らないとそこからなんだ……。でもファインダー、とかはわかるみたい。カメラ、詳しいのかな?

「で、どうする? レンズはどこだ?」
「えっと、レンスはファインダーの裏側にあって、写真を撮りたい方に向けて、シャッターボタンを押すだけです」
「裏側? この小さいのか! 本当にこんなので撮れるのか? シャッターボタンはどこだ」
「あ、ファインダーの右側のカメラっぽい絵を触るんです」
「ふむ」

カシャっ

「おお! 景色を切り取ったように停止したぞ! 何だこれは」
「撮れたんですよ。で、今のを見たいときは、カメラの印の上にある四角いとこを押してください」
「この場で現像できるだと? そんなまさか。暗室もないのに……うわっ!」

未来人の文明に触れた過去人って、本当にこういう驚き方をするんだ。だめ、笑っちゃだめ。この人、本当に昔の人なんだ。

「何故だ! 何故こんな芸当ができる? 帝国軍にこんな技術があるなんて聞いたことがないぞ! 信じられん」
「だから、私アメリカとか関係なくって、未来の日本から来たんですってば。それ、日本製です」
「まさか、そんなことがあるはずが」
「アメリカがこんなに進んでたら、日本もうとっくに負けてると思いません?」
「ふざけたことを抜かすな! 我が大日本帝国は不敗ぞ!」
「ごめんなさいっ!」

しまった! 余計なこと言っちゃった。

「しかし……一理あるな。帝国軍にないどころか、こんなはるかに先を行くような技術を持つ国が他にあるとは思えない」
「でしょ!」
「いいだろう。半分だけ信じてやる。その未来とやらの話をもう少し聞かせてもらおうじゃないか」

私の背中から腰を上げた男の人が、ニヤリと笑ってすっと手を差し伸べてきた。遠慮がちに泥だらけの手のひらを乗せると、ぐいと引き上げてくれた。

「あ、りがとうございます」
「まあ、諜報員にしては少々間抜けのようだしな。それに、筋肉もないでは、軍人とは思い難い」
「えっ」

この人、私のこと脂肪デブの馬鹿って言いたいの? 酷いと思ったけど、機嫌を損ねて殺されたら嫌なので黙って我慢した。その後、茂みに隠れたまま、私たちはしばらく話をした。主に私が聞かれて喋る感じで。

「では、この戦いに勝って世界一の大国を築き上げ、このようなものを作るまで繁栄を遂げるんだな」
「そうです。でも私はお察しの通り勉強得意じゃないので、このくらいしか知らないんですけど」

私、嘘をついた。ここで負けるって言っても、機嫌悪くなるだろうし信じてもらえないと思ったから。日本の車とか電化製品とか、世界一っていって間違いないようなものもたくさんあるし、だから全部か嘘なわけじゃないかなって思うし。

「しかしなぁ……これからどうするつもりだ? ここは元のレイワとかいう便利な時代でないどころか、日本ですらないんだぞ。ニューギニヤ島は本土のずっと南なんだからな」
「はぁ……そうなんですよねぇ」

ニューギニヤ島。地理もサッパリだからイマイチ場所はピンとこないけど、この暑さ、生えている植物にあの綺麗な海からして、ハワイとかサイパンとか、そんな南の島なんだろう。こんな風に時間も場所も超えてしまってるなんて、もう考えてもどうしようもない気がして、ぼんやりと、我ながら間抜けな返事をしたと思う。

「はぁ、じゃないだろ、ったく。お前と話してると気が抜けるな。やめやめ。敵じゃないなら堅いこと言いっこなしだ。そういえば、まだ名前訊いてなかったな、俺は昇。日が昇るの、ノボル。手荒なことをして悪かった」

そんな私に呆れたのか、昇と名乗ったその人は、敵と向かい合っていると思っていた緊張感を解いたようで大きく伸びをした。

「あはは、仕方ないですよ。こんな柄の服とか着てますから……。昇、さん、ですか。私、弥生です」
「です、とかそういうのも無し無し、なあ、これ、俺も撮れる?」
「え、あ、はい、じゃないや。うん、撮れるよ」

敬語なしと言われて、距離がぐっと縮まった感じがした。

「じゃあ、撮りま……じゃないや。撮るよー、ハイ、3、2、1!」

掛け声を掛けたは掛けたけど、昇さんは特に笑いもしないままだった。この時代の人って、写真撮る時に笑ったりしないのかな?

「ええっ、俺、こんな汚れてんのか……参ったな。4日、いやそれより前に洗ったきりか、仕方なしだな」
「4日?」

撮った画像を見て、昇さんは決まり悪そうに顔をしかめた。周囲の蒸れる臭いと緊張とで気付かなかったけど、昇さん、そう言われてみると結構、いやかなり汗臭い。

「ああ。ホルランヂヤがやられて、そのあと慌ただしくして2日ばかり歩き通しでここまで来たけど、センタニも既に陥落しているから寄れずじまいなんだ」
「ホル……? センタニ?」
「帝国軍の港や空港のある場所さ。今は敵が占領している」
「そうなんだ……大変だね」
「ああ、大変だな。だけど俺は弥生のほうが大変だと思うがな」

そう言って、あははと朗らかに笑う昇さんは、さっきまでの軍人っぽい雰囲気とはもう全然違って、臭いことを除けば令和の時代にもいそうな普通のお兄さんという感じだ。

敵に攻め込まれて逃げてる最中らしいのに、タイムスリップなんてあり得ないものをしてしまった私を気の毒がる余裕があるらしい。

「ああそうだ。ホルランヂヤでも会っているよな」
「え?」
「海岸で会ったろ。着ているものが違うが、髪が同じだ」
「あ」

昇さんは肩から掛けたカバンの中から、古めかしい型のカメラを出して掲げてみせた。あの砂浜で見た軍人さんは、昇さんだった。校外授業だったから、あの時は制服だったんだっけ。

「自由に行ったり来たり出来るってことか?」
「ううん。勝手に飛んできちゃうの。戻る時も急に」
「そうか。じゃあ今度もわからないってことか」
「うん」

でも、そういえば。あれはたしか4日前。昇さんも私も、4日前に会っているということは。

「昇さん、今日は何月何日?」
「4月25日だ」
「同じ!」
「なにがだ」
「ほら、みて! スマホのカレンダー、4月25日でしょ!」
「2020年……頭が変になりそうだな」
「それを言わないでよ、私だって変になりそうなのに」

カレンダーは4月25日のところだけ色付きで表示されている。つまり、私のいた時代と、この時代、日付が同じ。

「それで、海で会った日は?」
「ホルランヂヤに米軍機が大挙襲来した日だったから、21日だ」
「やっぱり! 私も校外授業、21日だった!」

別に異世界に来てしまったというわけではないから、1日が24時間なのは同じで当然だけど、日付がピッタリ同じなのにはなんとなく驚きというか、嬉しさみたいなものがこみ上げた。規則性があるなら帰れそうな気がする、みたいな。でもこの間は本当に一瞬で、今回はこんなに話し込んでいるけどまだ戻る気配はない。こういう場合、もうこっちでしばらく過ごすしかないんだろうか。

「あの時の写真、見れる?」
「現像所が基地内なんだ。敵の手中にあるうちは無理だな。だがすぐに奪還するさ」
「そっか……」

昇さんの目が強い意志でキラキラ光る。日本が勝つこと、信じているんだな……。ここでの戦いがどうなるのかはわからないけど、未来から来た私は知っている。昭和20年の終戦に向けて、19年頃はいろんなところで日本が負け続きになっていたということを。ごめんなさい、嘘ついて。日本は負けちゃうんです。でもこんなこと、言っても信じないだろうし、信じたら逆に辛いよね。だからこれは絶対に秘密だ。


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