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分類される安心感

重い腰を上げて、メンタルクリニックに行った。
先生紹介も見て、摂食障害に見識のある先生を指名した。

今の食に対する執着、悩み、食生活。
一通り話し終えたところで先生に言われた。

「今の状態は摂食障害です」

そう言われたとき、正直ほっとした。

以前書いたように、ずっと「かもしれない」状態で宙ぶらりんだった。

摂食障害かもしれないけど、結局全部私の変なこだわりで、わがままで、甘えで、ただの偏食なんだと思ってたし、母親にも「病人ぶりたいだけ」だと言われ、私自身、心配されたいだけなんだろうなと思ってた。

今回の受診で、その宙ぶらりんからようやく解放された。
それだけでも気が楽になった。

ひとりが好きだと公言するほどひとり行動が好きな私も、何かしらのグループに所属していないと不安になるらしい。
何かしらで他者との繋がりが欲しい。共通項が欲しい。

どんなに1人が快適でも、1人が好きでも、「誰かと一緒」であってほしいと思ってる。
悩んでいるのが自分だけじゃないんだって、この悩みも人と共有できるんだって安心したいんだろうな。

学校でも学年やクラス、部活の集団があって、さらにその中に仲良しグループがあって。
幼いころから集団に所属させられているからこそ、集団で行動することを教えられてきたからこそ、集団に属さないことが怖いのかもしれない。
集団でいなければならない、グループに属していなければならないというある意味同調圧力に近いものがあるように思う。

診断を受けて、勝手に感じていたその同調圧力からようやく解放されたような感じ。

幼い頃から集団に所属して生きることを教えられているからこそ、日本は集団主義が根強くて、集団でいることに安心感をおぼえるんだろうな。

この安心感のもとで、少しでも前向きにすすめるようになればいいな。

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