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「不思議の国のアリス」の魅力

「不思議の国のアリス」は、1865年、イギリスで出版される。
児童文学とされていますが、大人まで楽しめます。

結論の読んだ感想として、むちゃくちゃ面白かったな。
子供より大人が読んだ方が楽しめると思ったくらい。
自分が小さいときに読んでいたら、あまりのハチャメチャぶりに付いて行けず、偏見を持って嫌になっていたかもしれない。
(まじめに読み過ぎると、??が多い)
他の人のレビューにあったのを掲載します。(これはもう、言い得て妙)

意味のない言葉達に意味が乗る世界。
めちゃくちゃレベルの高いことしてるし前衛的。
かといって変に意識的ではなく、スマートな語り口。
シュルレアリスムと通じる不条理や無理解、そして生理的な嫌悪感を感じる奇天烈な生物達。
多様な見方と解釈ができる物語である上に、小説の可能性を広げている。
原書で読みたい。

本書は、現実離れした奇抜さ(シュール)、自由奔放な空想(ファンタジー)、言葉遊び(ユーモア)に溢れている。
それでいて、(取りようによっては)教訓めいたこともある。

本文で面白かった箇所を掲載します。(一部、読みやすいように変更)
アリスは、森の中に入ってみたものの目的地もなく、何をどうすれば良いのか、よくわからない。
そんな状況のとき、木の枝の上で座っている猫をみかけました。
チェシャ猫さんと呼び、話しかけます。

「ねぇ、教えてください、ここからどこからへ行ったらいいのかしら?」
「それは、あんたがどこへ行きたいかによって違うさ」
「わたしは、どこでもかまいません」
「それじゃ、どっちへ行ったって、かまわないだろう」
「―どこかへ出さえすればね」と、アリスは説明するために付け加えました。
「そりゃ、もちろん出るに決まってる。どこでも歩いて行けばね!」

以上の会話を勝手に変えてみた。

「ねぇ、教えてください。わたしのこれからの生き方を」
「どんな人物になりたいかによって、変わってくるね」
「わたしは、何かになりたい何がしたいとか、まだよくわからないです」
「それなら、自由にしてれば、良いじゃないか」
「―大人になりたいのです」と、アリスは説明するためにつけ加えました。
「そりゃ、いつかは大人になるさ。時が来れば、ね!」


備考:子供でも時が来れば、誰でも大人になります。
どんな大人になるかは、どう生きるかによって変わってきます。

「でも、わたし、気ちがいのところなんか行きたくないわ」
「だって、それは仕方がないさ。ここに住んでいるのは、みんな気ちがいなんだから。おれも気ちがいだし、あんたも気ちがいさ」
「どうして、わたしが気ちがいだなんで言うんです?」
「そうに決まってるさ。でなきゃ、ここに来たりしなかったからな」

「ここ」とは、どこなのか? 
「地球」としてみよう。

「でも、わたし、変な人のところに行きたくないわ」
「だって、それは仕方がないさ。地球に住む人、みんな違うし、変わってる。おれもきみも変人さ」
「どうして、わたしが変人だなんで言うんです?」
「そうに決まってるさ。人として、産まれて来たんだからな」

備考:人は、自分を含めてみんな変人。
他人は自分を変人と思っているだろう。

「不思議の国のアリス」を読むときのコツは、
「No thinking, Just feeling!(考えるな、感じろ!)」です。
自分が読んだのは、角川文庫(福島正実訳)でした。
別の訳者のも読みたいと思う今日この頃。

(終)


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