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北朝鮮観光ガイドが見せた涙を信じられるか?

北朝鮮から帰ってきてからとはいうものの、謎の体調不良に苛まれています。どことなく胸のあたりが詰まった感じがして、これを「旅の疲れ」としてさっさと片付けていいとは思えません。

この胸の苦しさは北朝鮮のとある経験によるものではないのかと思います。その経験とはタイトルにもあるように北朝鮮観光ガイドが私たちに見せた涙に由来するのではないかと思い、この文章を書いています。

今回は北朝鮮という謎の国に暮らす生身の人間が見せた「涙」のお話をしましょう。

宣伝と自己紹介

いきなり北朝鮮に行ってきたことを当たり前のように語ってしまいすみません。私はさる2019年9月14日から9月17日にかけて北朝鮮を訪問いたしました。

初めましての人もいると思うので、軽く自己紹介しておくと、私は都内の大学に通う大学生です。大学では政治学、とりわけ北朝鮮政治を研究していて、将来は政治学者になりたいと思っています。いわば今回の北朝鮮旅行は僕にとってフィールドワークでもあり、内部調査でもあります。

前提

前提として北朝鮮を訪れることは可能です。外務省は日本国民に対して北朝鮮への「渡航自粛」を要請していますが、「自粛」なので「禁止」ではありません。

だからと行って、明日北朝鮮に行こうと思っても行けるものではありません。北朝鮮自体が外国人の自由往来を認めていないからです。

我々、外国人が北朝鮮を観光しようと思うのならば北朝鮮当局から認められたツアー会社を通じて申し込む必要があります。

日本人向けツアーを提供している会社として有名なのが「中外旅行社」や「JSツアーズ」でしょうか。これらのツアー会社を通じて申し込むと現地に行ってから日本語を話すことができるガイドが監視役…いや案内役としてサポートしてくれます。

しかし、日本人向けツアーははっきり言って高い。さすが北朝鮮、しっかり足元を見てきます。

そこで我々が選択したのが「koryo tours」という西洋人向けのツアーを提供するツアー会社です。こちらの方が比較的リーズナブルとなっております。

しかし、ネックなのは「西洋人向け」という点。申し込み時点からすべて英語で、現地で合流する北朝鮮側のガイドも英語ガイドになります。つまり北朝鮮人のガイドが英語で案内してくれるということになります。

英語への自信がそこまである訳ではないもののお値段の低さが決め手となって、koryo tours で申し込みました。

現地に到着すると北朝鮮人のガイドが3人迎えてくれます。女性が1人、男性が2人。この中で後々に涙を流すことになるのが男性ガイドの1人です。

彼はユンさんと言います。20代後半から30代前半の男性で中肉中背。めちゃめちゃ笑顔。怖いくらいずっと笑っています。見た目が若干金正恩に似ているのですが、

「You looks so similar to Kim John Un!!! Ha ha ha!!!」なんて言ったら今ごろ日本中に「北朝鮮へ渡航の大学生、当局によって拘束か」なんてニュースが流れていたことでしょう。なので言ってません。

そんなユンさんはめちゃめちゃフレンドリーで気さくに話しかけてくれます。西洋人向けツアーに日本人の僕らが参加しているのも珍しいらしく、いろいろな話をしました。

ユンさんと話す中でユンさんがだいぶ国外のことにも詳しいことがわかってきました。北朝鮮には情報統制がしかれています。そのため国民は国外のことは知らないはずです。

しかし、ユンさんは日本と韓国の関係が悪いことも知っていました。北朝鮮の中で国外のことを知ることができるのは相当立場が上の人でないといけません。やはり英語に堪能で観光客を出迎える立場の人間というのはかなりの上の立場の人間なのかもしれません。

僕が大学で政治学を専攻していることは伝えていたので、ユンさんとは政治の話を多くしました。しかし、政治的な話は一歩間違えれば地雷を踏む可能性があります。そのため慎重に出来るだけ北朝鮮を刺激しないように話すことを心がけました。

以下、僕がユンさんとしたやり取りをピックアップしてみます。

日韓関係について

ユンさん(以下、ユ)「なぜ日本は今、韓国との関係が悪いの?」

私「歴史的な問題があるからだと思います」

ユ「そうか。韓国とは対立しつつ、私たち(※北朝鮮)との関係を改善させようとしているわけではないのかな」

私「違うと思います。今の安倍政権はとても保守的でDPRK(※北朝鮮のこと)に対しても韓国に対しても厳しい態度を取っています」

将来の話

ユ「将来はどうするの?」

私「就職してサラリーマンになると思います。(将来、政治学者になりたいということはこの時点では言いませんでした)」

ユ「そうか。政治学をやっているんだよね?政治家になったりとか政府で働いたりしないのか?」

私「しないと思います。(本音は違う)日本の大学生は大学で勉強したこととは直接関係のない職業に就くことが普通なんですよ」

ユ「マジで!?なんで!?信じられないなあ。ヨシ(僕のこと)には日本の政府で働いてほしいなあ。だって、将来、共和国と日本の関係がよくなって、自分が日本に行けたらすぐに会えるじゃないか!」

日朝関係について

ユ「ヨシは歴史循環論って知っているか?歴史は繰り返すってやつだ。僕は共和国と日本の関係はいつかきっとよくなる時がくると思う。歴史はまわっているから」

私「江戸時代、日本と朝鮮半島の関係はとてもよかったと思います。日本にとって朝鮮半島は特別な地域です。今、二つの国の間には複雑で難しい問題があります。いつか解決されることを願っています」

別れ

とこんな感じの話をしました。思ったより踏み込んだ話ができたように思います。

北朝鮮ツアーもあっという間に過ぎて、いよいよお別れの時が来ました。帰路は平壌駅から国際列車に乗って中国・丹東へと向かいます。

ガイドの皆さんとは平壌駅のホームでお別れです。列車の出発まで時間があるのでホームで駅の風景や最後のお話をしていました。

ツアーの集団から少し離れたところにいるとユンさんが近づいてきました。

「I miss you(さみしいよ)Yoshi....」と言いながら、ユンさんは僕の背中をさすりました。彼の目には涙がありました。彼の涙に僕は虚を突かれました。

たった4日間、されど4日間。ユンさんの中で日本人である僕らとの交流が何か特別なものだったのでしょう。日本と北朝鮮はあまりに近くてあまりに遠い隣人です。その「遠い」異国からやってきた若人と知り合い、意見を交換し、両国の関係を憂い、未来に希望する。

その経験は複雑な問題を抱える両国に暮らす日本人と北朝鮮人の間でしかすることができません。ユンさんにとってもまた僕とのやり取りは特別な経験だったのかもしれません。やはり北朝鮮は日本人にとって特別な国です。

別れが迫っています。僕はユンさんにこれまでついていたウソをバラしました。

私「僕は将来サラリーマンになるんじゃなくて、政治学者になりたいんです。とりわけ北朝鮮について研究したいと思っています。両国間の複雑な問題を解決するお手伝いをしたいです」

ユンさんはそうかと言ったのち、さもありなんといった顔をしました。なんとなく悟っていたのかもしれません。だって、マスゲーム会場で流れていた北朝鮮の音楽を歌い始める日本人の学生って普通じゃないですもん。

僕は電車に乗ろうとした。そこで後ろから追いかけてきたのはユンさんとは別の男性ガイド・オンさんでした。

オ「国同士が仲が悪くても僕らは友人だ」

オンさんは右手を差し出した。しっかりと握手をしながら私は

「そうですね。次は東京で会えることを願っています」

オンさんとはユンさんほどはしゃべっていないが、最後はそんな言葉をかけてもらえて嬉しくなりました。列車のドアが閉まる。

平壌駅を出発した列車は20分ほどで平壌市内から出て、一面に広がる田園風景を走り始めます。

僕はいくら走っても代わり映えしない北朝鮮の田舎の風景をぼんやりと眺めながら、さっきのホームでの出来事について考えていました。

信じられない?

ホームでの出来事は普通なら感動するエピソードです。僕もユンさんの涙を見て思うところがあるし、深く胸に刻み込まれた経験であることは間違いありません。

国家の関係に翻弄される中での「友情」は美しいエピソードです。

「国同士は仲が悪いけど、僕らは友だちだ」

オンさんが最後に僕に言った言葉はその象徴です。しかし、この感動エピソードにブレーキをかける自分がいました。

ユンさんの涙って本当の涙なの?

そう思ってしまう自分がいました。これは本当なら恥ずべきことです。しかし、相手は北朝鮮です。むやみに感動し、共感することも避けるべきです。

北朝鮮にとって観光は大切な産業です。工業も農業も貧弱な北朝鮮にとって観光は手っ取り早く外貨を稼げる唯一の手段と言ってもいいものです。

だから、感動シーンを作り出して、情にもろい日本人を絆してしまえば、リピートしてくれるだけでなく、北朝鮮観光を日本の中で広めてくれるかもしれない。

要は僕を利用しているのではないかとも思えるのです。こんなこと、普通の国だったら考えたくもないし、考えるべきでもありません。

しかし、再三申し上げますが、相手は北朝鮮です。北朝鮮は観光客に対して見せたいものしか見せません↓

つまり、ユンさんの見せた涙も北朝鮮が「見せたいもの」にしか過ぎなかったのではないかと思っても仕方ないのです。

ユンさんが見せた涙を疑ってしまう自分もまた日本と北朝鮮の間にある複雑な関係に翻弄されています。

良くも悪くも北朝鮮は日本にとって特別な国です。ユンさんが見せた涙をいつか普通に信じることができる日が来ればいいと思います。

ただ一つ付け加えておくならば、ユンさんは僕にしか涙を見せませんでした。他の西洋人には見せていません。それをどう解釈するのか。

やはり北朝鮮を研究するものとして貴重な経験になりました。

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一番右の人がユンさん。左から2人目がオンさん。

最後に

彼らが北朝鮮を観光する中で教えてくれたこと、僕らと話したこと、制約がある中で精一杯話してくれたことの価値は一寸とも疑っていないことは最後に付け加えておきたいと思います。

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akisan
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