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雨の日に森を歩く人生が待ってるなんて思ってもみなかった。

少し前に急に好きな森を訪れてみたくなり、小雨が降るなか歩いてみた。
ほとんど無人の森で雨の中を歩いていると、足元で大きなカタツムリが道を横断しようとしていた。それをしばらく見つめていると、フッと標題のような気持ちになった。

こんな所でただ独り。
そんな風な人生を送っていることが不思議に感じられる雨の朝だった。

先日、クルディスタン出身のCさんと時間を過ごした。
クルディスタンの歴史を私はよく知らなくって、Cさんと話していても、その想像もつかない様な背景に現実味を感じられず戸惑ってしまった。
Cさんの語る話しには、私の断片的な知識では太刀打ちできない現実の重さと過酷さがあった。
ドイツ語で会話するのでお互いに制限があり、Cさんの元々の友人であるニューシャとは怒涛の如く話すのを見て、言葉の壁の厚くて高いのを “久々の感じだなぁ”と感じている自分がいた。

思えばこの壁を人生で何度感じてきたことだろうか。最初は英語。次がフランス語で、そしてドイツ語だった。
フランス人の彼氏がいた頃は、しばらくフランスで語学学校にも通ったりしていた。家族ぐるみの付き合いだったので、ほぼフランス語しかできない彼の両親とは片言で会話を試みていた。それはそれで楽しかったし良い思い出だが、その数年後更なる新天地に来た時には“また新たな言語か...” とゲッソリとした。
そのドイツ語も今ではずいぶん近しくなったから、このクルド語の嵐は久しぶりに私が感じる異国の言葉だった。

「いつからドイツにいるの?」という問いから、ドイツに来た年とそしてMSF(国境なき医師団)でアフリカにいた時期のことを簡単に話した。
すると「その頃は自分は戦士だった」という返事があってびっくりした。
その後も食事をしながら、現イラン政権がいかにクソかという事を聴いていると自分が生きてきた世界がどこまでも平和で、人権が当たり前に守られた世界だという事をまざまざと感じていた。

「自分の親族はもう半分くらい死んでしまった」

と、そして最愛の甥もまた現政権に殺されたと悔し気にそして悲しそうに語る私とは一才違いのCさんの話しを聴きながら、一緒に囲んだクルド料理は美味しくて、少しぼんやりする頭でそう思っていた。

だからか自宅に帰ってきて心底ホッとした自分がいて、そういう自分の反応にドキッとした。
私が住む州はちょうど休暇中で、子供達はD(元夫)と旅行で留守にしている。
そういう状態は久しぶりのことで、最近色々な事が重なっていたので独りになれて心底ホッとしている。半分くらい引き篭もった状態だからか、都会の空気が澱んでいたからか、田舎のある意味で特殊な環境に自分が居る、ということも再認識した。
Cさんの世界を私が別世界に感じる様に、ここでの暮らしは日本の多くの人達にとって異質なものなんだろう。

「どうしてドイツにいるのか?」と、人から聞かれると何処でDと出逢ったのか、という流れになり、多くの人が予想するのは日本かドイツ。
だからアフリカだと言うと驚かれる。比較的アフリカに近いヨーロッパ人にとっても、それは想像外みたいだ。
ずっとアフリカへ行くのが夢で、それでナースになったからアフリカが私をドイツに連れて来たのだと思う。

出逢った頃のDは私の理想を体現した様な男性ですぐに大好きになった。
言葉の壁もなにも問題にならなかった。
そういうなかで始まった関係が、私達の子供を3人も儲けてから壊れることになるとは、本当に青天の霹靂だった。
人にその出会いの結末を話す時も、正直に言うようにしているがその時に胸が痛くなることも殆どない。
5年の歳月というのはその様なものなのだ。
いや、もっと長いのか...夫の不倫に悩まされ始めたのは40歳になった年で、40代はこの問題と共に生きて来た感がある。同時にその期間は、この国で看護師免許の書き換えの研修をしたり、受験勉強をして助産師の学校に入り、日本で助産師資格と看護学の学位も取得した、そういう時間でもあったはずだが。
5年前、不倫の再燃で別居が始まり自分の人生における成功体験も軽く吹っ飛んでしまうほど、様々な事があった。
それでもやはり、Cさんの人生のほんの断片を聞くだけで、自分が守られた世界で生きて来たことに思い当たってしまった。

世界は広くって、自分が知らないことがたくさんある。自分が当たり前として持ってるものに無自覚なことはなんと言うか...とても危いことなんだと感じる。
当たり前の様でそれでも不思議なのは「人は誰しも自分の人生しか生きれない」ということ。
なぜこの時代に、この国に、あの親の元に生まれて来たのか?そんな事も何一つ分からないまま。

しばらく断絶した環境に篭っていてそんな事がいつもよりリアルに感じたのかも知れない。

“私は関係ないわぁ、遠い世界のことだもん”

そう思うことは簡単だけど。
“解らない” ということを抱えながら、今いる場所で自分に与えられた人生を生きていく。
人生は選択の連続で、そこにどの様に向き合うかで、きっとこの人生が連れて行く世界のゴールは違う。

全く知らないことを学び知ること
それでも自分は何も知らないと知ること
それを在りのままに受け入れること


長い休暇がもう少しで終わる時に、自分を振り返りながらそう思っている。

チョークで描かれた様々な国旗
独立国家になれないクルディスタンもあった
思い思いに小銭を国旗の上に
ニューシャが日の丸にもお金を置いてくれた


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