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夏の終わりの気持ち。

 毎日、猛暑日が続いていた。

 命に危険が及ぶ暑さ。そんな表現をされるような状況だと、外へ出かける気持ちは削られる。さらに、新型コロナウイルスの新規感染者数が、世界最多が続いたから、個人的には外出を自粛する日々が続いた。

 少し前までの夏は違っていた。

 自分はそれほど縁はないけれど、清涼飲料水のCMのように海で山で、やたらと楽しそうにしている若い男女の映像に代表されるような、あの「浮かれた夏」だった。

 その夏でなくなったのは、何だか寂しい気持ちだった。

 何しろ暑い、というイメージだけで夏は過ぎていった。

夕方

 家にいるときは、1日に何回か郵便ポストを見にいく。
 いったん庭に出て、塀についているポストに歩いていく。
 移動距離は2メートルくらいだけど、その間に、当たり前だけど、外気を感じる。

 一瞬でも外へ出るたびに、暑い、という言葉が出るような日々が続いて、そして、夕方になっても、気温が下がらない毎日だった。

 8月中旬を過ぎる頃、急に空気が変わってきた。

 朝から、午前中、午後までは変わらない暑さだったのに、午後5時過ぎに郵便物を確認をしに庭に一歩出ると、空気が柔らかくなっていた。

 空が少し暗くなってきていて、少し風が吹いていて、すごく、気持ちがいい。

 それまで、大げさに言えば、気を失うほどの暑さだったから、少し気温が下がってきただけで、心地よさがましているように思っただけではないか。そんな疑いを持ってしまうような変化だった。

 そして、ポストの中だけではなく、空を見たり、何もなくても道路を見たり、少し遠くの樹木を見たり、それでも蝉の鳴き声は聞こえてきたりするけれど、いろいろなことが少し落ち着いてきていて、何だか周囲の風景がはっきり見えるような気がしているのを、確かめてしまう。

 あれだけ続くと思っていた夏が終わりそうになっている。

虫の声

 毎年、8月になり、だいたい中旬を迎える頃、夜になって、急に秋の虫の声が聞こえ始める日がある。

 その前から、少しずつ鳴いて、そろそろ、という気配もなく、ある夜から、はっきりと数種類の秋の虫が鳴き始める。そして、その日からは、昼間に暑さが戻ったりしても、夜になると秋の虫の声が響き、だから、夏が終わっていくような気持ちが蓄積していく。

 暑いときは、この気温の高さはずっと続くのではないか、と思える時もあるけれど、地球が回っている以上、季節が変わっていくことを、その虫の声が伝えてくれる。

高めの体温

 体を冷やしてはいけない。

 そんな「健康法」は、長く言われていて、ダイエットなどのやり方では、これまでとは逆張りのようなメソッドを前面に出す人もいるけれど、この「体を冷やしてはいけない」は、あまり否定されることはないように思う。

 サウナの後の水風呂がどれだけ冷たいかを誇るようなことはあるようだけど、それはあくまでも例外的のはずだ。


 夏は暑く、30度を超える日も珍しくなく、最近は35度を超えてくる。

 体温より高くなってしまうと、それは発熱のようなものだから、体に悪いのは当然だけど、夏日くらいの気温だったら、他の季節と比べると、体温が少しだけ高くなっているかもしれない。

 体を冷やしてはいけない、という「健康法」から見たら、夏の気温は体にはいいはずで、体調が良ければ、それは不安を減らすことにも繋がりそうで、だから、あの「浮かれた季節」になっていた可能性もある。

 その「浮かれた気持ち」も、夏の終わりと共に去っていく。

夏の終わり

 気温が下がってくると、あの楽観性も減っていき、考える力は戻ってきて、だから、我に帰るという状態になりつつあるのが、夏の終わりなのだと思う。

 あの「浮かれた気持ち」には、もうなりにくいし、何も考えない状況も、そこから外へ出れば、その怖いもの知らずな感じは、ちょっと危ういことでもあるから、あれ以上「浮かれない」ことに、どこかホッとした気持ちもあり、同時に、寒くなる予感があるから、何となく気持ちが引き締まっていく。

 そんなさまざまな気持ちが入り混じって、同時に、暑さが続いてきたことで体に負担もかかっていただろうから、次は、違う意味で負担がかかる寒い季節になるのは分かっているけれど、気温が下がることで、いったんは体も安心もでき、そんな季節の境目の感覚を、明確に体感できるのも珍しいから、夏の終わりの気持ちは、独特なのかもしれない。

生き残った気持ち

   夏の終わりに、この季節が去ってしまうような寂しさよりも、何だかホッとした気持ちを感じることが多くなってきたような気がする。

 

 個人的な感覚だけど、私の父も夏の暑い日に亡くなったし、暑い夏と寒い冬に人が亡くなることが多いように思う。

 これは、おそらく全くの根拠がないことではなくて、体が弱ってきた人にとっては、暑さも寒さも過酷な条件のはずだから、それで最期を迎える、というのも不自然ではない。

 どちらにしても、年齢を重ねるほど、暑い夏が終わろうとするときは、この「浮かれた季節」が去っていく寂しさよりも、夏を乗り切って生き残れた。そんな安堵の気持ちの方が上回っていく予感がする。

 だから、夏の夕方の風が、より気持ち良く感じるのかもしれない。




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