「少し遠いところへ、旅するためのアート」………「いちはらアート✖️ミックス」。
テレビを見ていたら、ある作品が映った。
「見に行きたい」。
知らないアーティストだったけれど、珍しく、妻が強めに言った。
今年は、あまり電車にも乗っていない。
遠くへも行けていない。もしかしたら、今の時期を逃したら、もう無理かもしれない。
妻に提案して、行くことに決めた。
「いちはらアート✖️ミックス」
ここ10年くらい、日本各地で、アートのイベントが増えて、あまり良い言葉ではないけれど、「アートで町おこし」みたいなことも言われて、その中に千葉県で行われている「いちはらアート✖️ミックス」があるのは知っていた。
行きたい気持ちはあったけれど、自分としては、遠かった。そして、去年は、コロナ禍で延期か中止になったという話は知っていたから、さらに縁遠くなっていたのだけど、今回、これだけ見たい作品が決まっているのだから、その作品だけでも、見に行こうと思った。
月火が休みだったので、水曜日に行こうと思った。
鉄道をどう乗り継げばいいのか。
「いちはらアート✖️ミックス」のサイトを見て、その巡り方を確認する。
そこで、目指す作品を見るためには、「上総牛久駅ルート」を使って、その会場は、「公共交通機関での立ち寄りが難しい」という表現をされていた。
せっかく行くのだから、いろいろな会場を回って、多くの作品を見たいと思ったりもして、「モデルコース」を見たけれど、その中には、目標とする会場は入っていなくて、だから、とにかく、そこだけでも行ければ、と気持ちを変えた。
そうすると、家から、鉄道を乗り継ぎ、まずは「五井駅」に行くまでにも2時間くらいかかる。
昔、この駅前のビジネスホテルに出張で泊まったことがある。夜の窓から、コンビナートの光が見えたのを覚えている。
小湊鉄道
当日は、天気が良かった。
家を出て、こたつのスイッチを切ったかどうかが気になり、いったん戻ったりしたせいで、駅まで小走りになり、いきなり汗をかいた。妻にも焦らせてしまい、申し訳なかった。
朝の9時頃だから、すでにラッシュの時間は過ぎていて、それは有難かったのだけど、五井までの電車は意外と混んでいて、座れたのはしばらく経ってからだった。途中の駅で買ったおにぎりを食べるチャンスもないまま、電車に乗りつづける。
五井についた。
ここからは初めて乗る鉄道。小湊鉄道。トロッコ列車があるらしく、紅葉シーズンには混雑する、といったことも今回、「いちはらアート✖️ミックス」のサイトで初めて知ったが、乗り換える時に、パスモやスイカを使えなかった。
久しぶりに紙の切符を買った。上総牛久駅まで、大人710円。
ホームに降りたら、1両だけの電車。というよりは、ディーゼルだと思う。小学生の頃、岐阜県に住んでいた時に乗っていたのが、こんな列車だった。
時間通りにスタートする。
天気がいい。
私たちと同様に、「いちはらアート✖️ミックス」が目的の乗客は、その名称が入った袋を持っている。
列車が走り出す。ドッドッドッドッドッドッドッ。
そんなエンジン音が聞こえてくるので、まず間違いなくディーゼルだと思う。
出発すると単線で、両側に冬の枯れた田んぼが広がる。
時々、太陽の光を浴びて、金色に光る。
空が広い。
こうした光景自体を、最近、見た記憶がほとんどない。
いくつかの駅に止まる。
列車の窓から、駅に設置された作品も見える。
宇宙飛行士が座っていたりする。
気持ちがうれしくなる。
無料周遊バス
30分くらいで上総牛久駅に着いた。
改札を出て、無料周遊バスが止まっているのはわかった。
街中を走っているタイプではなく、高速バスのように、二人掛けの座席が並んでいるのが、わかる。
そこに乗る前に、駅には「里山トイレ」という作品があって、そこを使ってから、バスに乗る。
そこにいる人たちは、みんなが「いちはらアート✖️ミックス」に行く人たちと思うと、何も言葉も交わさないけれど、ちょっとした親近感を勝手に感じている。
そこから、目的のバス停は「旧平三小学校」で、乗り込む時に、目的地を告げるのだけど、その時に「へいさん」という名称だとも初めて知った。「ひらさん」や「たいらさん」かと思っていた。
そこから、バスは走る。
里山というよりは、すでに森と言ってもいいような場所が多い。何十年も変わらず、そのまま朽ちているような人工物もあって、時間が止まっているような迫力があるような場所を左右に見ながら、進んでいく。
空は、とても広い。
バスは走って、時々、無駄走りをしているような時もあったような気もするが、それは、止まるべきところだったり、道幅の都合で、いったん通り過ぎて、脇道に入ってUターンしたりとか、という必要なことのようだったが、何しろ、どこを走っているのか、イメージもできなくなっていく。
千葉県のどこかは、分かるのだけど、こんなに山深い気配がそこまで迫ってきているような場所なのに、同時に、視界が開けているところを走って、そして、予定では35分で着くはずだったのだけど、まだ到着しなくて、本当に着くのだろうか、という不安さえ湧いてくる。
それくらい、何もわからない場所を走っていた。
無料周遊バスを用意してくれるのは、とてもありがたいのだけど、無料のバスで、これだけの時間を乗っているのは珍しく、それが余計に不安につながる。
いつの間にか、日本でない場所に来ていても、驚かないくらい、どの場所にいるのか、分からない。
と、思った頃に、そのバス停に着いた。
バスからは、十人近く一緒に降りたので、ちょっと心強かった。
旧平三小学校
そこには、「小学校」があった。
校庭には、クルマが何台か止まっている。会場までクルマで来る人のための駐車場になっていて、校庭には、テーブルとイスがあり、色鮮やかにペインティングをされている。
ここまで家を出てから、だいたい3時間。ちょうど昼になっていたので、前日から買った袋パンと、さっき買ったおにぎりを、妻と一緒に食べて、持参したポットに入ったコーヒーも飲んで、昼食にする。
とても広い場所で、本当に気持ちがよく、楽しいゴハンの時間になった。
入場するとき、検温や除菌をして、今日は、予定では2か所しか回れない予定なので、ここの個別の料金。一人800円を払う。
目的の作品
思った以上に多くの作品もあったし、興味深かったのだけど、目的の作品は、本当に、よかった。
家を写真で箱のようにして、その中に電球を灯して、まるで照明器具のようにして、並べて、輝いている。それも、暗くした教室の中で、足踏みスイッチのべダルを踏むと、光り、しばらくたつと暗くなる。もう一度、踏むとまた明るくなる。それを繰り返すことができる。
シンプルにきれいだったし、おそらくは、この地元の建造物を元にして、製作されているのだろうから、ここで展示する意味もある。それに、建造物の中には、古くなった倉庫のようなものや、電話ボックスもあったから、その選択の意味合いを考えるのも面白かった。
目的の「栗真由美」の他には、冨安由真の作品が、その場所を生かしていて、特に外階段と、部屋とエレベーターを効果的に使っている作品が、すごいと思えた。
他にも興味深い作品が多かった。予定は、1時間後くらいのバスに乗るつもりだったのが、鑑賞に時間がかかったせいか、到着から2時間以上後の、午後3時前くらいのバスに乗ることになった。
受付のスタッフの方にも、親切にしてもらい、いろいろと丁寧に教えてもらった。
妻は「栗真由美」のマスキングテープを「かわいい」と気に入り、人にプレゼントする分も含めて、5つも買った。私も、電話ボックスの作品がプリントされた小さなポーチを買った。使い道は買ってから考えたい。
校庭にネコが歩いていた。
後ろ足を、ひきずっている。
警備のスタッフの方に、ここに住みついているらしい、ということを教えてもらった。
とても楽しい時間だった。
小さな郵便局が向いに見えるバス停で、無料周遊バスを待った。
数分遅れただけで不安になるが、予定より4分ほど遅れて、バスが来た。
市原湖畔美術館
20分弱、バスに乗って、市原湖畔美術館に着いた。
月並みな表現だけど、とてもシャープで、かっこいい建物だった。
さっきまでは、元・小学校を会場に作品を見てきたから、こうした十分に整備された場所で見る作品は、単純に比べることはできないけれど、また違った印象になった。
「戸谷茂雄」の作品が並ぶ。
チェンソーで削り取られた荒々しい木の作品が、きれいな美術館という場所で、生かされているように見えた。吹き抜けには、高さがある作品が設置されていて、そういうことは、やはり、気持ちがよかった。
もうひとつ、この日に初めて知ったのだけど、この湖畔の湖は、1990年にダムによってできた人工の湖だった。
そして、そこに至るまで反対運動もあったらしいし、夕方になって、とても美しい光景の水面の下に生活があったことは、今は本当に分からなくなっていることも、知る。
美術館の周囲の光景も本当に気持ちがよかったし、屋外の作品もスケールも含めて、フィットしていたし、レストランは、今度は来たいと思えた。
妻は、特に、ここの美術館自体が気に入ったらしい。
以前から存在は知っていたが、その遠さのようなものに気後れしていて、なかなか来られなかったから、こうした機会があって、初めて来ることができて、やっぱりよかった。
ミュージアムショップで買い物もできたし、お土産も買えたし、午後4時半頃の無料周遊バスに乗って、朝降りた上総牛久駅に着いたのは、午後5時2分発の電車が発車する、20分ほど前だった。
少し遠いところへ、旅するためのアート
駅の窓口で、紙の切符を買って、帰りは2両編成になった列車に乗って、30分くらいで、五井に戻る。
そこで、高速バスに乗ろうとして、どうやら、運行していないようなバス停の気配を感じ、私は事前に調べていたので、納得がいかなかったけれど、もう午後6時前だったから、電車で帰ることに決める。
まだ家に着くまでは2時間かかるから、途中でお腹が空いてきそうなので、コンビニで買った肉まんなどを、寒くなってきた外のベンチで食べて、おいしかった。
そこから、電車を乗り換えて、途中からいつものように人が多い場所に戻ってくると、やっぱり帰ってきた感じにもなる。途中の大きい駅でショップを見たら、まぶしいほど、明るくて華やかだった。
家に戻ってきたら、午後8時になっていた。
朝は9時頃に出かけたし、美術館を出て、3時間以上が経っていたから、帰ってきた時に、まるで遠い出来事のようで、少し現実感が薄いような記憶になる。
だけど、確かに、初めての電車にも乗ったし、おそらくは、こういう機会がなければ、一生行かないような場所にも行った。初めての光景ばかりだったと思う。
目的の作品を見るために、小規模だけど、旅をした。妻と一緒に行けて、久しぶりに遠出と言える行為もできて、とても楽しい1日だった。
今回は、感覚としては「少し遠いところへ、旅するためのアート」だった。
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