小林住彦

スポーツと文化を専門とするプランニング&プロデュース会社3 Rivers代表。…

小林住彦

スポーツと文化を専門とするプランニング&プロデュース会社3 Rivers代表。グロービス経営大学院准教授。東京国際映画祭マーケティング・ディレクター。スポーツやアート・エンタメを通して、この時代この場所に生きている意味を実感できるプロジェクトに取り組む。岐阜県出身、横浜在住。

最近の記事

「月の石」が象徴するもの

2025年大阪・関西万博で「月の石」を展示する構想があるという。「月の石」といえば、1970年の大阪万博の目玉だった。当時小学生だったわたしも叔父夫婦につれられてアメリカ館の大行列に並んだ1400万人のうちの一人だ。ガラスケースに入った石を見て「月の石も地球の石と同じなんだなあ」とちょっとがっかりしたことを覚えている。 大阪万博前年の1969年、米国の宇宙船アポロ11号は人類で初めて月面に着陸した。その様子はテレビでも放送され、月と地球を自由に行き来する時代の到来を予感させ

    • 書評#8「写真小史」

      1930年に書かれた「写真」についてのベンヤミンによる考察。 20世紀は、間違いなく写真の世紀だと思う。しかし、写真は今やあまりにも当たり前の存在になったので、逆にその本質を見失いがちになっている。本書は、20世紀の前半、まだ写真がその誕生の余韻を残している時代に記されたことで、写真の本質をしっかりと伝えている。 著者は、写真の本質は「複製技術」であると同時に「縮小技術」であると指摘する。写真にすることで、大きな被写体を「手中に収めることができる」。たとえば、建築などの芸

      • 書評#7「東京オリンピック」文学者の見た世紀の祭典

        1964年当時の日本を代表する40名の作家たちによる東京オリンピック観戦記。三島由紀夫から大江健三郎、小田実まで、多様な信条を持つ作家たちが、東京オリンピックという一つのイベントを描いた貴重な記録。文学者ならではの洞察で、現代に通じるオリンピックの本質が語られている。 たとえば、、、 「オリンピックにあるものは、国家や民族や政治、思想のドラマではなく、ただ、人間の劇でしかない。その劇から我々が悟らなくてはならぬ真理は、人間は代償なき闘いにのみこそ争うべきであり、それのみが

        • 書評#6「建築家たちの20代」

          20世紀の巨匠とも言える世界の6人の建築家が、東大の建築学科で行った講演録。ひとえに、当時教授だった安藤忠雄のネットワークの力によるが、このような機会がある教育環境のなんと恵まれていることか。サッカーで言えば、ベッケンバウワー、プラティニ、クライフら世界的なレジェンドが部活で毎月のようにレッスンしてくれたようなものだ。 巨匠たちの話に共通しているのは、子ども頃から建築家をめざしていたとは限らないこと、学校の教育課程から外れたところで学んだこと、よって専門雑誌は意外と購読しな

        「月の石」が象徴するもの

          書評#5「熟達論」為末大(新潮社)

          トップアスリートが到達する境地を言語化するとどのような表現になるのか。昔、打撃の極意を「パッときたボールをサッと打つ」と表現した某天才野球選手がいたが、それでは一般人には全く伝わらない。また、よく「ゾーンに入る」と言うコメントを聞くが、そのゾーンって一体どんな場所なのかなかなか想像できない。アスリートが体験する世界は総じて言語化が難しい。(逆に言えば、言語化しなくても超人的なパフォーマンスを実現できるアスリートはすごい)。 本書で特筆すべきは、言語化が難しい概念を、明快で理

          書評#5「熟達論」為末大(新潮社)

          「東京2020から未来への伝言」を始めたわけ

          このたび、東京2020大会の運営に関わった方や出場したアスリートが集まって、大会での経験を語り合うトークセッション「東京2020から未来への伝言」を始めました。5月14日に開催した第一回は、NHKニュースに取り上げていただきました。 なぜこのタイミングでこのセッションを始めたのか、まずはその想いをお伝えします。 東京2020オリンピック・パラリンピックからまもなく2年になります。ただ、現在も五輪にまつわる問題が社会をお騒がせしており、大会に関わった元職員の一人としては今も

          「東京2020から未来への伝言」を始めたわけ

          「競争入札」は社会の利益になるのか?

          2月28日、五輪談合容疑の関係者が起訴された。私は2月9日付けのnoteで「今回の件は談合ではない」と主張した。しかし、報道によれば、起訴された6社のうち4社は談合を認めたようだ。残りの2社は談合を否定し、公判の中で説明を尽くすとのことなので、今後も動向をフォローしたい。 今回は、これまで談合報道に接しきててずっと感じていた違和感---入札を無条件で良しとする社会の空気---について考えてみる。まず、以下は昨日の読売新聞の記事から。 この記事は「受注調整をすれば経費は高く

          「競争入札」は社会の利益になるのか?

          「談合」と「調整」の間で

          昨日、五輪テスト大会おける談合の容疑で組織委や電通の元同僚が逮捕された。しかし私は一貫して、本件は違法行為としての「談合」ではなく、組織委の取引規定に則った業務としての「受注調整」であると考えている。(実際、昨日の公取委定例会見で小林渉事務総長が「談合が行われたならば、大変問題が大きい」と述べているように、まだ談合と確定されている段階ではない)。 「談合」ではないことの法的な根拠については、郷原信郎弁護士が「五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑

          「談合」と「調整」の間で

          新聞報道で記者の「意図」はどこまで許容されるか

          今朝(2月1日)の毎日新聞の一面トップにこんな見出しの記事が掲載されていた。 五輪組織元次長に顧問料 テスト大会落札企業から 「まさか!」とびっくりして本文を読むと、実際に顧問料を受け取っていたのは五輪組織委を辞めた後だとの記載はあったが、見出しだけを読んだ人は、在職中に顧問料を得ていたと勘違いするだろう。あまりに誘導的で悪意がある見出しで、見過ごすことはできないと思った。 公務員だった人が退職後のセカンドキャリアとして民間団体や企業に再就職するという流れ、いわゆる「天

          新聞報道で記者の「意図」はどこまで許容されるか

          書評#4「都市へ」

          西洋建築史の専門家である著者は、西欧と日本の都市の本質的な差を、「永遠」と「今」という時間感覚でとらえる。 西欧の多くの都市は、そのなかに廃墟や遺跡を含んでいる。廃墟は、「永遠」という概念を物理的に保証する存在であり、それによって「永遠」を意識した時間が西欧の都市を支配している。「ヨーロッパの都市や建築には、時間が流れている。その時間はやがて永遠という名の海に注いでゆく流れなのだ」。 一方の日本の都市には「永遠がなく、今しかない」。日本の近代都市の歴史は、「歴史を消し去る

          書評#4「都市へ」

          今年、3 RIVERS が取り組むこと

          3 RIVERSは、スポーツや文化(アートやエンタメ)関連のプロジェクトに参画します。具体的には次のような取り組みです。 1)グロービス経営大学院との活動 社会人向けビジネススクールであるグロービス経営大学院の特別講座「スポーツ・マネジメント」と、スポーツ・ビジネスに関する「研究プロジェクト」を受け持ちます。 グロービスとの縁は古いのですが、スポーツに関して言えば、2008年の「あすか会議」で、「企業スポーツからスポーツ企業へ」というセッションに登壇したことが始まりでし

          今年、3 RIVERS が取り組むこと

          書評#3「建築はどうあるべきか 〜デモクラシーのアポロン〜」

          モダニズムを代表する建築家ヴォルター・グロピウスの晩年(1950年代後半から60年代前半)の講演録。原書では「デモクラシーのアポロン」が主タイトルになっている。民主主義社会にはアポロ=芸術を司る神が必要だ、というメッセージだ。 グロピウスによれば、デモクラシーを世界に広めることに成功したアメリカの「欠陥」は、「審美的な規律の発達にほとんど注意を払わなかった」ことにある。その結果「われわれの社会には、洗練された美的センスが欠け」てしまったと主張する。 アート・マーケットを創

          書評#3「建築はどうあるべきか 〜デモクラシーのアポロン〜」

          書評#2「オリンピア ナチスの森で」

          ナチス政権下にあった1936年、ベルリンで開催されたオリンピックの記録。本書の単行本が発刊されたのは1998年。著者の沢木耕太郎は、レニ・リーフェンシュタールによるベルリン・オリンピックの記録映画「民族の祭典」「美の祭典」をよりどころにして、執筆当時は存命だったベルリン大会の参加選手たち(ほとんどが80才以上)へのインタビューを通して「60年も前の出来事を現代に甦らせる」ことを試みた。 本書を読んで、日本で有名な過去のオリンピックのエピソードが、ベルリン大会のできごとだった

          書評#2「オリンピア ナチスの森で」

          書評#1「三島由紀夫スポーツ論集」

          64年の東京オリンピックについては、石原慎太郎、大江健三郎、曽野綾子、松本清張、山口瞳ら蒼々たる作家たちが観戦記を残しているが、その中でも三島由紀夫の競技の本質を見抜く力は突出している。 三島の表現は、そのままキャッチフレーズになりそうだ。 「野獣の優雅」ボクシング 「静かな、おそろしいサスペンス劇」重量あげ 「自然へのもっとも皮肉な反抗」飛び込み 「空間の壁抜け」陸上100m 「駈けるに駈けられぬその厄介な制約」競歩 「スポーツの海と芸術の陸とが、微妙に交わり

          書評#1「三島由紀夫スポーツ論集」

          街にスポーツと文化を

          このたび、スポーツおよび文化を専門とするプランニング&プロデュース会社3 Rivers(スリー・リバーズ)を設立しました。「文化」ということばの意味は広いのですが、ここでは映画・絵画・デザインなどのアートやエンターテインメント全般を指します。(スポーツも広い意味では文化ですが)。 3Riversという社名は、私を育んでくれた土地へのレスペクトを込め、生まれてから18歳まで暮らした故郷岐阜を流れる木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)と、30歳で留学した米国ピッツバーグを流れるス

          街にスポーツと文化を