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公私の曖昧な空間としての閾

フリツカー賞を授賞した山本理顕さんの事務所は私の自宅の近所にあるのだが、その理顕さんの記念講演がやはり近所の横浜国立大学で開催されるというので参加した。講堂には視聴者が溢れ、立見や別室での視聴者が出るほどの盛況だった。

理顕さんは、東大の原研時代に世界の様々な集落を調査した結果、集落と住宅の関係に一つの共通原理を発見した。それは、私的空間と公的空間をつなぐあいまいな空間の存在で、土地によって呼ばれ方は様々だが、ハンナ・アレントは著書『人間の条件』の中で’no man’s land`と呼び、理顕さんはそれを「閾(しきい)」と呼ぶことにした。

理顕さんは、産業革命が都市と人間の関係を一変させたと指摘する。産業革命によって都市から「閾」が消滅し、私的空間と公的空間の断絶が生まれた。そんな現代社会において、建築に「閾」を取り入れることによって、もう一度人と地域を繋ごうというのが理顕さんの言う「都市の地域社会圏化」であり、彼の建築理念だと受け止めた。

講演では、理顕さんが足で回ったいくつかの集落の写真が紹介された。スペインのペトレス、イラクのチバイッシュ湿原、イエメンのシバーム、インドのジュナパニ、トギ、ナスノダ・・・自分も相当色々な国と地域を回ったつもりだったが、知らない街の初めて見る景色ばかり。再びまだ見ぬ場所に旅に出たいと感じさせる講演だった。世界は広い。

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