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スクラップアンドビルド【感想】(ネタバレ有)


スクラップアンドビルドを読了しましたので、読書中の感想との埋め合わせ兼、感想をまとめたいと思います。
この本を読書中、生きがいをなくしたケンタが友人の「使わない機能は衰える」という言葉にとらわれ、何につけてもこの哲学をもとに行動しているケンタの徹底ぶりに少しおもしろ感じていました。
そのケンタが主人公なのがスクラップアンドビルドです。
あらすじは割愛しますが彼は生きがいをなくし精神を衰えさせております。
(そしてこの原因は、一度信じた哲学を曲げない真面目さにあるのだろうと思います。)
この哲学をもとにケンタは、祖父を合法的に逝去させる方法を思いつきます。
つまりは運動能力がかげり始めた祖父からすべての労働・生活力を奪うことで「生命機能を衰えさせる」ことを計画します。そしてこれは死亡願望を持つ祖父の願望を安らか叶えてあげる善行だと信じて実行いくわけです。
しかし、ドナルド・サル著「シンプル・ルール」のように決断回数は減り、行動規範を設けられたことでストレスなく合理的にケンタが立ち回っているように見えますが、それもつかの間で単に決断回数を減らすだけでは結局は、なにも考えなくなることと同じようになっていきます。
これは形式だけを取り入れてしまったケンタの誤算だったといえます。

彼はすべての行動をルーティン化してしまったことにより、あらゆるイレギュラーに苛立ちを感じるようになりました。
スクラップビルドの中で一見あたらしく取り入れたような習慣や思想は、すべて「機能をふんだんに使う」ことと「機能を使わせないこと」にまとまります。その骨格は「使わない機能は衰える」という友人から聞きかじり、自分の考える歪んだパラノーマルの中での真理として得た哲学に依ります。
「機能」をいかにするか?に全て集約したケンタはもはや思考停止と同じ状態になっており、思考と密接に関わりのある彼の「精神」は更に衰えていきます。
一方で、常に弱者の強みを利用してケンタに自分の都合のいいときだけ手伝わせ、ときには若い女性に助平を働く祖父は思考を使い続け、祖父の精神は回復していきます。
ケンタは生活能力のない祖父を見て、自分がいかに若く、生活・運動能力があるかを筋肉トレーニングなどをするたびに再確認をしていきます。
彼の中でのもう一つの信条として「健康な精神は健康な身体に宿る、ならばまずは身体を鍛えよう」という発想があります。
筋肉トレーニングを続けたケンタの身体は立派に引き締まり、トレーニングを繰り返すケンタは彼の中で「使える身体と使える精神」と得ていく錯覚を持ちます。
彼の世界では自分でなに一つできず、決断もケンタによってなされ、ただただ天井を眺めて日々を過ごす祖父は「社会にとって使えない人間」として、彼の錯覚の中では出来上がっていきます。
その後、どうなっていくかは本書にまかせるとして。

彼のまじめで徹底した超合理主義、完璧主義は自分にも当てはまる部分があり、本書を読み進めると次第に別の世界の自分を見ているような寒気と同族嫌悪が襲ってきます。
バランスの良い栄養、推奨される運動、社会的美観に沿う体型、それらを証明する正しい根拠などほんの一部ですが、私のようにコロナ禍で社会から分断された生活を行っているとこれらを実行するのはさほど難しくありません。
ここで、ある言葉を引用します。

「犬のように食え」
「犬は同じ物を計量して食べる。
計量して、食事をとり、ジムに行き、寝る。」

https://www.youtube.com/watch?v=0oRFoTb8jl0

この動画を通して、スクラップアンドビルドのケンタは犬だなと感じました。
そしてコロナ禍で社会から分断された私も自宅で仕事をし、体を鍛え、厚生労働省によって保証された栄養バランスで、友人の栄養士によって計算されたカロリーで食べています。
私も犬だったのです。
しかし、スクラップアンドビルドのケンタが祖父に対して感じたような思いを、私も持ちたくないと強く感じています。
この本からは「よく考え思考し、精神を使い、精神を衰えさせない」という教訓がありますが、思考を知能、知識、見聞の構築のための機能とするのであれば、これもまたケンタの「機能を使う」という哲学に支配されています。
彼が私に与えた影響は彼を否定しようとすればするほど、彼の哲学を肯定してしまうものになってしまいました。
自分で定義した生物に必要な機能にとらわれ、自己崩壊するケンタを笑っていた過去の自分も滑稽に見え始めています。
知見をえ得たようでいて、沼にはまってしまった私のような読者はいかに完璧主義を崩していけるのか、それを崩してくれる祖父のような存在を待つだけなのでしょうか。ミステリとは異なる、現実世界に立ち入り、心を脅かす新しい仕組みを持ったホラー小説でした。


読破前の私。

スクラップビルドを読んでいますが思っていたのと全然違ってびっくりしています。
死亡願望の強い祖父87歳と暮らす、28歳の無職で生きがいをなくしたケンタ。
「使わない機能は衰える」という介護士の友人の助言をもとに、徹底介護をすることでケンタは祖父を合法的に殺害することを企てますが、ケンタの半端な介護で逆に祖父の生命力は高まっていきます。
生きるための精神的能力が衰えたケンタは身体を鍛えることで精神を取り戻しつありますが、逆に生きるための身体的機能が衰えたじいさんは精力的なケンタからエネルギーを受け始めるあたりなんか爽快ですね。
精力がないので、義務的に生物に必要な機能のトレーニングとして情事を行うケンタには笑えます。

4月1週目の私のTwitterより(一部修正)
4月1週目のつぶやき


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