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掌編小説にチャレンジです。

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思いつきで気ままに不定期で、書いてまいります。お暇な時にでもお立ち寄りください。
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#小説

怒壺

怒壺

「はい、注目、みんなこの作品何に見えますか?ご本人曰く壺をイメージして作ったとのことですが、はたしてこれでも壺って言えるのでしょうか」

 美術講師の本山が、クラス全員の前で高山正雄の作品をあからさまに非難するのは今日に始まった事ではなかった。正雄が二か月もかけて作り上げた自信作を、さも汚いものにでも触れるかのように、教壇の上の自分の顔の前でみんなに見せつけるようにひらひらさせた時には、本山に対し

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通り雨

通り雨

梅雨明け間近の夕暮れ時、山間の道を車で行くと、しばしば通り雨に遭遇することがある。一転俄かに掻き曇り、辺り一面が闇に閉ざされたかと思うとバケツをひっくり返したかのような大雨に見舞われる。そんな経験誰にも一度や二度はあるだろう。これは私が、忘れもしないある夏の日、偶然に体験した出来事である。

真っ黒な雲に向かって車を進めることを余儀なくされた私は、半分高を括っていた。この時分に降る雨はどうせ、一時

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恋愛成就のチケット  第二章

恋愛成就のチケット 第二章

入社5年目の自分の事を早くもお局呼ばわりをする後輩達の噂話を小耳に挟んだ時、吉岡隆子は少なからぬ動揺を隠せない自分に気づいた。

新商品の研究開発室への転属が叶ってから早二年、まだまだ大きな成果を挙げるまでの新商品を世に送り出せてはいないのだが、彼女には今の部署が水に合っていた。

それゆえ日々の研究の中で出くわす幾多の困難も、決して苦痛ではないと自ら言い切れるほど、この仕事にやりがいを感じてもい

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なもないみせ

なもないみせ

 私が、その店に行こうと思ったきっかけは、メディア情報に惑わされたわけではなく、誰かから聞いた微かな記憶が甦ったからだ。

 本当の事を言えば、その店のある町を訪れたことは未だない。たまたま仕事の都合でその店の二駅先にあった会社へ出向き、一仕事終えた帰り道、ふと何処かで夕食を済ませてしまおうと思いたった。その後しばらくして家のある方角に向かって走る快速電車に乗り込んだ時、向かいの出入り口の上に貼ら

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与太モンの兄貴  茅ヶ崎浩太郎

与太モンの兄貴  茅ヶ崎浩太郎

勘太から聞かされた突然の別れ話を、おみよは黙って受け容れるしかなかった。冬ざれの浅草の街は、年の瀬の人の流れで賑わいを見せていた。

「分かっておくれおみよ、お前に落ち度があっての話じゃねえ事は、お店(たな)のみんなも重々承知の上だ。だがなおみよ、お前の兄貴の吉松と来た日にゃ、始末がわるすぎらー。世間様がきゃつの事をなんてほざいてるか知ってるか?ごくつぶしの鏡だとよ、言い得て妙じゃねえか。お前も不

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バッタもんのゆびわ

バッタもんのゆびわ

あたしはずーっと、この指輪だけは本物だと信じてましたよ。今の今までほんとにね、あんたあたしにお母さんなんて呼んでもらえると思ったら大間違いだよ。人が聞いたら驚くでしょうね。死に水を取ってやることもせず。葬式なん以ての外と,ほったらかしで、不肖の子を絵に描いたような私のことを、みんななんて思うでしょうね。だけどね言わせてもらうけどあたし、人になんと思われようと、一向に構いません。だってあんたがあたし

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成れの果て

成れの果て

今日までの、努力の結果を結実させる瞬間が、間もなく訪れる。もう俺たちにやり残したことなど何もない。今まで費やした時間と金と、地位と名誉を投げ捨てることに対して、苦言を呈するものがあるなら、迷わずきっぱりと言い返してやるつもりだ。

「お前らに俺の、何が分かるんだ」

 何より大切な音楽の道を、志半ばで犠牲にせざるを得なかった苦しみ。父に翻弄され、やりたくもない法曹界で、今日の地位を気づき上げたのは

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【闇夜のヒダルマン】

【闇夜のヒダルマン】

昔体験した実話を基に小説風にアレンジしてみました。お時間がございましたらお読みください。

ただで親戚から譲り受けたワンボックスカーは、いつお釈迦になってもおかしくないポンコツだった。地元の三流大学に入学した年の夏、ブームに乗って始めたサーフィンは、当時よく言われた陸サーファーの奔りだった。

 海に行く訳でもなしに、リンコンと呼ばれたサーフボードキャリアに括った板は、購入当初は白かったはずだが、

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貉 むじな

貉 むじな

 間が差した。他になんといえばいいのか?思い浮かばない。蠢(うごめ)く何かが視界に飛び込んだことは、はっきりと記憶する。急ブレーキをかけるなり。急ハンドルを切るなり、その何かとの衝突を避ける手立てはいくらでも有りえた。しかし私は、敢えてそれを怠った。いや怠ったという言い方は的を得ない。むしろ意図して私は、アクセルを踏み込んだ。敵意をむき出しにして、そいつの息の根を止めるために。

 命が宿っている

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