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エスとエフの短編集

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拗らせたタイトルのショートショートを書いています。感想など頂けると磨かれます。
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キンダンのカジツ

キンダンのカジツ

新たに発見された素粒子の特性を利用し、異次元空間への扉を開くことに成功した物理学者と数学者のチームは、その発見に興奮を隠せなかった。彼らは量子の振る舞いを精密に計算し、重なり合う異次元へのアクセス方法を編み出したのである。この極秘プロジェクト「異次元プロジェクト」は、世紀の発見という言葉さえ陳腐に感じるほどの革命的な成果だった。

慎重な計算の結果、人間が異次元に滞在できるのはわずか2分弱であるこ

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ミカコさん

ミカコさん

私は、賢いできる女。寝苦しい夜には、寝不足にならないようにさっさと冷凍庫から保冷剤を取り出し、枕元に置いて眠るのが私の流儀だ。そんな夜、私は冷たい保冷剤の感触に包まれて心地よい眠りに落ちた。

しかし、翌朝目が覚めると、枕元に置かれていたのは体の熱で解凍され、ふにゃふにゃになったチクワだった。白いシーツにぽつんと置かれたチクワは、かすかに水滴が滲んでおり、もはや形を保つことができないほど柔らかくな

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と、秋の空

と、秋の空

「音大なんて無理だ!」父の厳しい声がリビングに響く。高校3年生のマリは、音楽大学への進学を夢見ていたが、父親はその夢に反対していた。「実力もないし、将来が不安定だ。もっと現実を見ろ!」と父は続けた。

「わかった、もういい!」とマリは叫び、家を飛び出した。まだ音楽を始めて数か月の彼女の心は純粋だった。涙が頬を伝う中、ただ前に進むことしか考えられなかった。
「おい、待ちなさい!」後を追う父も、必死で

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湯に行く

湯に行く

ある曇り空の日、コーヒーにコーヒーゼリーを入れて食べるという小さな奇行から一日が始まった。

味が一緒で食感のみを楽しめるという、この時代に求められがちな「効率的な組み合わせ」や「味の多様性を楽しむ」とは真逆の体験であった。
この唯一無二の体験は、アーティスト気質を持つ私に新鮮な刺激を与えてくれた。

その満足感を心に留めつつ、私は健康管理アプリで設定された一日10,000歩の目標を達成するために

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ブレス・ユー

ブレス・ユー

ついに探検隊は目的地に到着した。

こやりの下に隠された洞窟を発見したのだ。
先ほどまで巨大な岩山の頂で舞を踊っていたことが、もはや遠い過去のように感じられる。我々は長く厳しい旅の末、このこやりの下の秘境に足を踏み入れたのである。

伝説では、この洞窟の奥深くには誰もが憧れる安住の地が存在すると言われている。彼らの繁栄のためには是が非でも到達する必要があった。

洞窟の入り口は、周囲の明るい大地と

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i MOM

数十年にわたり、人類は地球外の隣人を求めて宇宙の深淵に耳を澄ませてきた。無数の星々が静かに輝く夜空の下、研究者たちは無線信号の海を耕し続けた。そして、ある日、突如として彼らの受信機が一度だけ、奇妙な電波信号を捉える。しかし、それ以来、同様の信号は二度と現れず、その一回きりの出来事は謎のまま封印された――

ある日、突如として地球中の電波望遠鏡が、繰り返される不思議な宇宙信号「QUE-65J」をキャ

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舐めプリン

舐めプリン

曇り空の下、凛はよく訪れる本屋へ向かう途中で、いつもとは違う風景に足を止めた。
かつてずっと空き店舗だった場所に、新しく出現した店の扉には金色の文字で「謎解きゲーム、異世界の扉。―あなたを異世界にご案内します―」と刻まれていた。これが流行の体験型脱出ゲームの一つだとすぐに理解した。

好奇心に駆られた凛は、店内に踏み込む決意を固めた。
店員の話によると、数々の謎を解き明かすことで、文字通りの「異世

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箱の中

箱の中

かつて、ある科学者が雷を捕まえた際、人々は疑問を投げかけた。「それが何の役に立つのか?」と。
しかし今、私たちは電気なしでは生活が考えられない。この逸話は、見えない発見が如何に大きな変革をもたらすかを示す一例に過ぎない。

我々がこの広大な宇宙について知っていることは、全体のほんの5%に過ぎない。残りの95%は、闇の中に隠された謎に包まれている。
これらの未知の領域から、一人の天才科学者が、ユニー

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パブロフ

パブロフ

昼下がりの休日、どこからともなく聞こえてくる金属音に誘われて、私はふと足を止めた。
眼前に広がるのは、かつて自分が汗を流した高校のグラウンド。後輩たちが夏の大会に向けて猛練習をしている。
その学校は、全国に兄弟校がある大海山大学附属高校、そして甲子園の常連として名を馳せる「大海山大学黒山高校」。

この学校を見ると、あの思い出がよみがえる――

真夏の甲子園。初出場の「大海山大学藤木高校」の試合を

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選択の仕方

選択の仕方

「あー、やっぱりダメだ」彼女はその日、何気ない日常の中で重要な変化に直面していた。10年間連れ添ったお気に入りの洗濯機が完全に壊れてしまったのだ。

「まさか昨日の占いが本当になるなんて…」彼女は、ストレスを感じると占いに頼る癖があった。昨日も、最近の予想外の出費が気になっていたため、気分転換になじみの占い師のところを訪れていた。
そこで「長年連れ添ったものと別れるかもしれない」と告げられ、少し落

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時間と機械

時間と機械

ある日、プロジェクトの難題を解決するヒントを求めて、一人のビジネスマンが、気候の穏やかな海辺の漁村を訪れました。
彼は高級なスーツに身を包み、眼鏡をかけた鋭い目つきをして、手には特徴的な星形の痣がありました。
彼はその痣に関する少し変わったジンクスを持っていました。
その痣が気になる日には、いつも仕事で大きな成果を上げていたのです。
その日も朝からずっと手の痣が気になっていたので、何か大きなことが

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燐寸

燐寸

眠みぃ。
只ひたすらに、眠みぃ。

眉間の奥が重たい。全く目を開く気が起きない。
頭がぼーっとする。耳に入る音が濁って聞こえる。

やっぱり眠みぃ。

「パチン」と空気を割く甲高い木の音が聞こえた。

彼の指す手がどのようなものであっても、私に影響はなかった。
今日は何かのタイトル戦だったはず。私がここに座ってから1時間になるだろうか。しかし、この対局で寝るわけにはいかない。

腕を組んだまま、少

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灰色の幽霊

灰色の幽霊

その栗毛の競走馬は速かった。
デビュー戦を圧勝し、一時は調子を落としたものの、すぐに連戦連勝を重ね、目覚ましい活躍を見せた。

しかし、彼には一つの悩みがあった。

レース中にどこからともなく現れる葦毛馬の存在だ。
いつも見えない速さで彼を追い越し、一度も彼が追いつくことはなかった。

「どうすればアイツに勝てるのか」その栗毛の競走馬はいつも考えていた。

デビュー戦――彼は、一心不乱に驚異的なス

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価値9

価値9

「Tシャツにグローブ」「何色ともつかない奇妙な形のサングラス」
冬でもないのにグローブをしたり、ファッションに疎いとはいえ、私の中にそれはない。

何かを期待して街中に繰り出しては、することもなく周りの人間を観察してケチをつける。私の日常だ。

そういえば最近、この街で妙な噂をよく耳にする。

「それはこの世で一番エキサイティングな競技だ」
「いや、世界で一番のアクティビティーだ」
「どんなアトラ

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