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【2019年私的ベスト3小説】文学的ネトゲ中毒者の挫折と復活(藤田祥平「手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ」)

2019 年に読んだ本の中で 3 本の指に入るほど面白かった小説の紹介と、内容の勝手な解釈を綴りたい。

藤田祥平「手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ」は、ネットゲームで世界 4 位にまで上り詰めた伝説的ゲーマーによる半自伝的青春小説だ。

帯の煽り文句によれば、著者は母親が自殺した瞬間もネットゲームに興じていたという。言うまでもなく、常軌を逸したのめり込みぶりだ。この煽り文句だけを読めば、いわゆる「ネトゲ廃人」の転落と更生の記録のような内容ではないかと想像する方も多いだろう。

だが、この作品の主人公=著者は、単なる熱狂的なゲーマーではない。そもそもゲームへの熱中は、作者の中で文学への関心が芽生えが原因であり、それ以降も文学への傾倒が著者の半生の多くの部分を占めている。

この作品はある作家の卵が自らの創作能力によって人生の傷を癒す物語として読めるのではないか、というのがこの記事で言いたいことだ。

きっかけという呪い

そもそも著者がゲームへと熱中するようになったきっかけは何だろうか。

学問、スポーツ、芸術など、どのような分野でも、大成した人物には「人生を変える瞬間」があったと語られることが多い。それはあたかも天啓のようであり、望むと望まぬとに関わらずにそれ以降の人生を決定づけてしまう呪いのようでもある。 

著者の場合、それは中学生の頃にカフカの「変身」を読んだときだった。善が悪を討ち、大団円の結末に向かう類の児童文学しか読み慣れていなかった著者は、この作品に大きな衝撃を受ける。そして、何の説明も救いもない幕切れを迎えるこの作品を読み、「生涯に渡る呪い」にかかったと述懐している。自ら創作に手を出さずにはいられなくなった著者は、両親に頼み込み、当時とても高価だった家庭用コンピュータを入手する。

しかし、中学生かそこらの年齢の者がコンピュータを手にすれば、当然起こるべきことが起こる。著者は労多くして益少ない創作活動よりも、オンラインゲーム「Wolfenstein」にのめり込み、次第に現実の生活に支障をきたすようになっていく。

だがこの箇所で強調されているのは、ネット世界にのめり込む要因は、ゲームの対戦を通じて知り合った匿名の友人たちからファイル共有サービスを経由して送られてくる文化的媒体(文学作品、音楽、アニメ、映画)の影響が大きいという点だ。尽きることのないキャンディボックスを与えられたかのように、著者は世界中から送られてくる作品の数々に夢中になる。

一方で現実世界でのコミュニケーションも皆無ではなかったようで、中学生当時の恋人の存在もほんの一瞬語られる。これ以降、読者は作中のいたるところで彼女からと思われるツッコミ(あるいは著者の内的な反省)の声を聞くことになり、後々にまで著者の精神に影響を及ぼしていることが伺える。

高校生活と退学後

ゲームの影響により中学生ですでに不登校がちだったいう著者は、普通科高校ではなく電子通信の専門学科に入学する。だが期待とは異なり、まったく専門科目と関係ない一般科目ばかりの授業内容には辟易し、ひとり窓際で黄昏れる時間を過ごす。この箇所の描写は高校生男子に特有の感情が表れていて、共感を覚える訳ではないが微笑ましい。

高校の授業内容には飽き足りないものを感じる著者だが、クラスメイトとは馬が合ったようだ。クラス内でのファイル共有サーバーの立ち上げや、サーバー運営を任せていた級友の突然の死、サーバーを活用した夏休みの宿題の掃討作戦など、高校生活の日々は著者の青春に彩りを添える、束の間のまぼろしのように描かれている。また、没頭するネットゲーム「Wolfenstein」でも着実に実力を蓄え、強豪ユーザーの仲間入りを果たすなど、リアル上もオンライン上でも充実した時間を過ごす様子が見てとれる。

また、この頃筆者は時間と空間の認識が歪むほどのゲームへの没入感を得ていたようで、まったく思春期特有の集中力は恐るべきものだと感心させられる。その一方で一読者の視点としては、正直なところこのあたりまでは著者や周囲の人物の言動がいわゆる典型的なラノベ育ちの人格のように見え、あまり響いてこなかった。だが物語はここから急展開を迎える。

二年生へ進級し、期待していた専門科目の授業が始まるが、その内容が市井のパソコン教室レベル以下であることに著者は絶望し、退学を決意する。その決断に対して、父は一定の理解を示したが、母は悲嘆にくれる。

退学後は父が社長を務める工場で働きつつ、オンラインゲームに専念することになる。その場面の、父独自の人生哲学が語られる独白は特に印象的であり、ぜひ読んでもらいたい箇所だ。高校一年か二年の息子を持つ父親としては、いささか物分かりが良すぎる気もするのだけれど。

ここで著者は社会一般のレールからは外れたとも言えるが、職場での周囲の大人たちとの交流を経て、独自のペースではあるが成長を重ねていく。ゲーム内で国内有数のプレーヤーにまで成長した著者が、日本代表として海外チームとの世界大会に挑戦するのもこの頃だ。

この部分は物語前半部分の佳境といえるだろう。決勝トーナメントで惜敗を喫した筆者は、しばらく抜け殻のようになった後に、大学への進学を決意する。受験勉強のためお世話になった家庭教師とのやりとりでは、著者の性格面の無自覚なユニークさが際立ち、教師側がそれを評価していることから両者の信頼関係が伝わる。作中で一貫しているのは、著者のパーソナリティに対して周囲の大人が一定の理解を示しているという点だろう。この点は人格形成にかなり影響を与えていると思われる。

文学の薫陶を受ける

無事大学受験を突破した著者は、京都とのとある大学の文芸表現学科に入学する。ここでは筆者にとって文芸の師とも言える存在であるセンダと出会う。学年内きっての鬼講師として知られるセンダは、文芸評論の初回の授業でカフカの「変身」を扱い、判で押したような学生たちのコメントを「クズだ」と切って捨てる。

彼のキャラクターは、「セッション」の鬼教官フレッチャーのイメージとだいぶ重なる。後世に名を残すジャズプレイヤーの逸材を生み出すために、苛烈な指導を続けていたフレッチャーよろしく、センダもまた作家を世に送り出すために、妥協を排除した授業を続けていた。

精神をすり減らすような授業に脱落する学生が続出するが、著者にはうまく嵌ったようだ。いい意味で鈍感だったという著者は、「秋の月のように明朗な」論理的整合性に基づいたセンダの指導技術に心酔し、文学を通じた古今の偉大な精神との対話に深くはまり込んで行く。

授業を通じて著者は洋の東西を問わず世界文学に触れ、その耽溺ぶりは作者たちとイマジナリーフレンドのように触れ合う日々の描写からもひしひしと伝わってくる。鴨川の川べりでボルヘスと思しき人物他と出会う場面が好きだ。

センダのクラスで出会った才媛・アスカという新たな恋人を得て、著者は何一つ思い煩うこともなく、時が止まることさえ祈りつつ、良き友らと共に文学と恋愛を謳歌する日々は流れていく。

暗転

だがそんな充実した日々も、東日本を襲った震災により途切れることになる。この日を境に筆者の周囲から色彩が失われ、物語世界に暗雲が立ち込め始める。物語が次なる局面を迎えるのは、著者の高校中退を機に精神的に不安定になっていた母が、自ら命を絶った場面だ。これ以降、著者の記憶は断片的になり、ネットゲームの世界と現実世界の描写が入り混じり始める。

著者の視点が途切れ途切れにゲーム世界の視点へと移り変わっていく描写は圧巻であり、作品全体でもっとも印象に残っている箇所でもある。現実では幻想上での母との再会、ゲーム内では中学生時代の恋人の幻影と会話という出来事をきっかけに、徐々に著者の描く世界の混乱は収束していく。

最後に、一本の電話により大きな円を描くように物語は閉じる。月並みな表現だが、ゲームのエンドロールを眺めているかのような放心状態が体験できるエピローグだ。

おわりに

最後に雑感を述べておく。無論、作中で描かれた著者の半生がどこまで事実に基づいた内容であるかはわからない。だがそれを題材にした作品を書きおろす行為自体は、自分の人生を語り直すことで、そこに新たな解釈を与えたに等しい。

高校中退以降、著者の母がどのような精神状態を辿ったかの描写は少なく、確実なことは言い切れない部分がある。だが、オンラインゲームにのめり込むきっかけは元を辿れば文学作品との出会いであり、それが現実世界からの一時的なドロップアウトに繋がり、母の精神的不安に結びついたのは事実だろう。その事実が著者の精神を蝕んでいたことも確かだと思われる。

だが、尊敬する師匠から文学の薫陶を受け、この作品を上梓するまでに至る文芸の技術を身につけたのも、文学への関心なくしては考えられない。繰り返しにはなるが、本作品の執筆のように自らの半生を物語にするという行為は、人生に対しての現時点での解釈を織り込んだストーリー付けをする行為とも言えるだろう。

ここまで書いていて思い出したことがある。文献は忘れてしまったが、精神的回復力の高い人の特徴として、「人生には何らかの意味があるという強い確信」が挙げられるという。

精神的回復力と人生へのストーリー付けの行為になんらかの因果関係があるとすれば、人生を別の言葉で語り直すという行為は、著者の精神を癒すことにも繋がったと考えられるのではないか。

そういった意味でこの作品は、文学の呪いにより道を踏み外した者が、文学を手段として再生を果たすまでの物語と読むことができるだろう。


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