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【第二回絵から小説】私ばかりが幸せなのは【短編小説】

#第二回絵から小説
#清世  さん企画
#お題絵A  
#額あり

【短編小説】私ばかりが幸せなのは
作 38ねこ猫

林道をステップを踏むように軽やかに走る少女。
その先には何があるのかわからないけど、私は幾度もその光景を見る。

少女が誰なのか。ずっと、ずっとわからない。

目覚まし時計が鳴るよりも早くもっと正確な腹時計の持ち主に耳や頬を触られて目が覚める。
私を起こそうとやんわりと爪を立て、細く息をかけてくる。
くすぐったくて目を開けると当たり前の顔をして催促してくる。
私の朝は休みの日も仕事の日も同じ始まり方をする。

猫にパウチのご飯をあげるのだ。

飼い猫のハチワレなお子。
カリカリはあまりお気に召さないし、パウチの中にも好き嫌いがある。
器にパウチの中身を出して食べやすくほぐし、足元に置くと食べ始める。

自分からご飯を催促しながらも、準備中はきちんと待っているのだからとても賢いと思っている私は相当な親バカだ。

トーストを焼く間にポットでお湯を沸かし洗濯機を回す。こうすれば、朝食後軽やかに洗濯物が干せるからだ。

トーストは2枚。1枚はバター、もう1枚はピスタチオクリーム。ルイボスティーが私にはちょうど良い。

私が食べ終わる頃なお子は、満腹感から眠気を覚え日の当たる窓のそばうたた寝を始める。

自分の食器を洗い、なお子の食器も洗う。今日は完食。今日のパウチご飯はお気に召したようだ。


今日は午後から天気が悪いらしい。
それなら洗濯物は最初から部屋干しにしよう。
窓から見える空は確かに西の方に雲がかかる。こんな日は天気予報を信じて間違いない。

とはいえ、午前中のうちに洗濯物が乾くなら外に干しても良いのではないか。
そう思って窓を開ける。空気は雨が降る前の独特の匂い。やはり、やめておこう。
窓を開けると、なお子が足元にまとわりつく。
「なお子、今日はベランダに行けないの。ごめんね」
そう言って窓を閉めると、抗議するように鳴き始めるから頭を撫でる。
すぐに喉を鳴らして機嫌を直すからこの猫は扱いやすい。

雨は嫌いじゃない。
特に休日は、室内で本を読みながら過ごす口実になるし悪くない。
雨が嫌いじゃないのは、なお子も同じで雨が降り出すと窓辺からその様子をじっと見ているのだった。

なお子は子どもを産んでいる。
元々は地域猫だった。
近所の藤谷さんの家の離れの陰で雨の降る中小さな命を産み落とした。子どもは、里親が見つかるまで藤谷さん家の息子さんが世話をして、なお子は私が引き取った。
なぜかその時、なお子は私の家族に迎えるべきだと思ったのだ。
4匹いた子どもたちはみんなそれぞれバラバラに里親にもらわれ、藤谷さんは嬉しそうでもあり少し寂しそうでもあった。
なお子は、自分の子どもからすぐに遠ざけられてしまったためか子どもに対する執着が見られなかったし、私にすぐに懐いた。

洗濯物を干し終わってテレビを見ながらゆっくり過ごす。膝に乗ってくるなお子を受け入れる。私にベッタリのかわいい我が子。
そんなところだろうか。
背中を撫でながら耳を澄ますと寝息が聞こえる。丸まった体は呼吸のたびにふわっと膨らむ。

私も眠い。

起きないようになお子を持ち上げて、床に寝そべった。なお子は一瞬目を覚まし、再び眠りに入る。なお子には腕枕。
目線を合わせる。体から日向の匂いがする。光がなお子を包む。私も目を閉じる。

「ねえ」
林道はひんやりと澄んだ空気。私は土に寝そべっていて目の前には、あの少女。光を反射して少し眩しいくらいの布を纏う。
「誰?」
「なお子」
「…なんだ、なお子か。」
少女が、なお子と名乗ることになんの疑問も無い。
「そこで見ていて。」
「良いよ」

誘いを断る選択肢はない。

踊るようにステップを踏むなお子が、ベランダで蝶を追いかける猫のなお子と重なる。
ステップを確認しながら一歩ずつ前に進んでいく。後ろを振り向くことはない。
大地を軽く突くつま先の軽やかさに魅了される。
布がしなやかに動いて空気と混じる。
「ねえ、結子さん。」
彼女がなお子なら私の名前を知っているのは当たり前のこと。
「ん?」
「私、あなたが好きよ。」
「…それなら私もあなたが好きよ。」
手が届きそうで届かない距離で彼女は嬉しそうに笑う。遠くに行ってしまいそうな彼女をどうか引き止めたい。
「あなたがいてくれるだけで幸せなの。」
なお子が私の声に動きを止めた。
「結子さん、私を家族にしてくれてありがとう。」
「私もあなたに出会えて嬉しいよ」
彼女が進むその先は永遠に会えなくなってしまう場所に繋がっているように思える。
「なお子、これ以上進んだらだめ。」
引き止めようと声をかけた。
「私はずっと、冷たい雨も風も平気だった。」
なお子がそのまま話し続ける。
「きっと、これからも。」


窓に当たる雨の音。風が入ってくるのがわかる。
……風?
「あれ、なお子?」
そばで寝ていたはずのなお子がいない。

もともとは地域猫、いつかこんな日がくるとは思っていた。でも、早いよ。

鍵をかけ忘れた。なお子が自分で窓を開けてベランダからどこかに行ってしまったか。
慌ててベランダを見てもその姿はない。
「なお子、ねえ、なお子」
こんな雨の中、どこへ行ったのか。
「嘘でしょ、ねえ!」

ふくらはぎに温かい体温を感じる。
振り向くと呑気にあくびをする、なお子。
「ちょっと、驚かさないでよ。」
抱き上げると甘えた声を発する。
頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす。


「なお子。雨も風も平気でも、
こんな風に窓開けたらだめなんだよ。わかる?」

きっと、夢で見る少女はこの、猫のなお子だ。

少ししゅんとした表情になって機嫌の悪い声を出す。
「どこにも行かないでよ。ね?」
雨足が少し強くなる。窓に当たる雨粒がパチンと弾ける。窓に手を伸ばすなお子。床に下ろすと雨粒を捕まえようと窓に飛びつこうとする。

やはり。この軽やかなステップ。
夢の中の少女と同じ。
レースのカーテンに吸い込まれるなお子。
雨が止みそうな雲間から光が差した。

少女が目の前にいる。

「結子さん、私の子どもたちもこんな風に幸せかしら」
なお子は自分の子どもを忘れていなかった。
「…きっと幸せよね」
私にそれを聞きたくて夢で少女になって現れたのか。
「そうね、幸せだと思う。どうして?」
「私ばかりが幸せなのは少し悪い気がして」
なお子が幸せだと思ってくれていることに胸が締め付けられそうな気持ちになる。嬉しい感情は時として苦しい。
「おいで、なお子。」

なお子を抱き上げ、おでかけ用の首輪をつける。
「気になることは聞きに行こう」
なお子を猫用のバッグに入れて外へ出る。

雨上がりの匂い。焦げたアスファルトと土と植物が生きる匂い。

坂を少し上がったところに緑色の壁の平家が一つ、立派な家の敷地に建っている。

枝垂れ桜の木が一本。萌葱色は雨粒に反射している。

私となお子はここで出会った。

男の人が桜の前に立っている。
私となお子に気づいてにっこり笑う。

「こんにちは。藤谷さん。」
「こんにちは。結子さん、なお子さん。」
「今日は…その…」
なお子の子どもたちは元気でしょうか。
そう聞こうとするも言葉を紡げない。
「なお子さん、少し丸くなりましたね。」
「顔だけ見えるとそうかもしれませんね。」
藤谷さんがなお子の顎を優しく撫でる。
柔らかな表情はどこか少し寂しげで何かを思うようだった。
「1匹くらい残るかと思ったんですけどね」
「え」
「里親さんたちから時々、メールがきます。
写真付きで。みんな少しずつ大きくなってきて…。
4匹とも幸せそうです」
私はふと、目に涙があふれるのがわかった。
なお子の知りたいことがどうしてわかるんだろう。

庭の奥、白猫と黒猫が仲良く寄り添いながら歩いている。白猫のお腹が張っている。

「最近、よく来るんです。子どもを産む場所を探しているみたいで。」

なお子も猫たちの様子を伺っている。
「もし、ここで生まれたら、また、探すんですか?里親。」
「そうですね。それに…。」
「それに?」
「結子さんみたいな人はなかなかいないから、うまくいったらあの2匹、桜ネコにしてあげようと思って。」
保護して去勢するということだということは後で調べてわかった。去勢した地域猫は耳を桜の花弁のように切るのだ。

「まあ、でも。
子猫の世話って、好きなんです。僕。
参っちゃいますね。ねー、なお子さん。」
藤谷さんに触られると目を細めるなお子。猫好きは猫が1番よくわかるのだろう。

「藤谷さん、あの。」
「はい。」

「保護ネコカフェ、やってみたらどうですか?」


私ばかりが幸せなのは 20220301

#短編小説 #オリジナル小説 #夢オチ
#猫 #ファンタジー  

第二回絵から小説3作目です。
なんだ、夢かの夢オチでなんか申し訳ないです。
額ありなのはそんな理由です。

こちらのAの絵は神聖な場所に導いてくれているように見えました。

神社の参道の近くの林道ってなんか独特の静けさとか冷たさとかあるんですよね。

地面の雰囲気から雨上がりか洞窟か?
いや木だな。木のトンネルを…
とかも思ったんです。

夢で見るとか、夢なら姿を変えて話せると
かそんなファンタジー設定となりました。

清世さんの記事のこの絵ができるまでの巻き戻し画像がとてもすてきでした。

清世さん、ステキな時間をありがとうございました。3作ともとても楽しく書きました。


こちらも参加作品です。良かったらどうぞ。

お読みくださりありがとうございます。

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