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【短編】公園デート

#あざとごはん

「朝ごはん」をテーマに投稿コンテスト「#2000字のドラマ」第2弾を開催します。グランプリ作品はWEBドラマの原案として「カタチ」化します。|kakukatachi @kakukatachi #note #2000字のドラマ
【短編】公園デート

土曜日。
明け方の涼しい時間、家から少し遠い公園まで自転車を走らせる。
片耳にイヤホンをつけてサカナクションを聴きながら。

公園ではランニングをする人がまばらに。
僕はそれを見ながらベンチに座る。

「おはよう」
近所の森下さんは毎朝ウォーキングをしている、おばあちゃん。土曜日の朝は、僕のいるベンチにちょっと寄り道する。
「おはようございます。」
「今日も暑くなりそうね。」
「そうですね。青空だから。」
「すっかり夏ね。」
「ですね。あ、森下さん、これあげます。」
僕が森下さんにあげたのは、ゼリータイプのプロテインを冷やしたもの。
「ありがとう。いただこうかしら。」
「どうぞ。」
僕が森下さんと出会ったのは今年の春。
この街に引っ越してきて、朝、どこか息抜きできる場所を探してこの公園にたどり着いた。
ウォーキングをしていた森下さんが、日陰で座り込んでいるのを見て声をかけた。脱水状態だったから、持っていたスポーツドリンクをあげた。
それ以来、土曜日の朝は森下さんと公園デート。

「もう、お仕事は慣れた?」
「うーん、全然です。先輩には怒られてばっかりだし、お客さんだって、まだまだ任せてもらえません。」
「そう。まあ、怒るってことは期待してるってことよ。失敗と思って怖がったりしないことね。」
「はい。」
森下さんは、優しいおばあちゃんで、こんな人が近くにいてくれることは、僕にとって幸せなこと。
僕も、プロテインのゼリーを口にする。ひんやりとしたほのかに甘いゼリー。
「あなたは優しいから、それを仕事に活かすといいわ。このゼリーだって、運動中にもらえて嬉しい。私みたいな高齢者はだんだんこういうゼリーの方が食べやすくなるのよね。」
「優しいですか?」
「そうよ。」
森下さんが食べたゼリーのゴミを受け取って、僕のゴミと一緒にビニールに入れてバッグにしまう。
「ごちそうさま。ありがとう。」
ありがとうなんて、ちょっと照れくさい。


また、1週間。
先輩に仕事で怒られて、僕にはこの仕事向いてないんじゃないかなって。金曜日の夜、何度も仕事の夢を見て、何度も目を覚ました。
土曜日の朝、いつものようにサカナクションを聴いて自転車を漕いで公園に行く。
ベンチに座って朝の涼しい空気を吸い込む。
「おはよう」
森下さんに声をかけられる。
森下さんは保冷バッグを持っていて
「おはようございます。あれ、なんですか?その荷物。」
「今日は、ここで朝ごはん。」
「え?」
「良かった、中田くんがいつも通りいてくれて。」
ベンチの上にランチョンマットを2枚。
お皿を置くと、海苔の巻かれたおにぎりを置く。
「ねえ?パン派?ご飯派?」
「あ、どっちもです。あればそっちっていう…。」
タッパーにはきゅうりの浅漬け。
「簡単なものしか持ってこなかったけど。」
「いえ、嬉しいです。あ、僕お茶持ってきました。
それと、…ゼリー。」
「ゼリーはいつも持ってるのね。もしかしてゼリー派?」
「そういえば、…そうかもしれません。」
「ふふふ。食べて。」
「いただきます。」
涼しい空気を吸いながら、お茶を飲んでおにぎりを齧る。
「…うんまあ。」
「ただの昆布おにぎりよ。大袈裟。」
「いや、なんていうか。森下さんと一緒に食べるこの感じとか……なんかいいなって。僕、朝ごはん食べないし、夜も適当。昼、会社のデスクで嫌いな人の顔見ながら食べるし、楽しい食事って忘れてて。僕、なんかついてます。」
「そう。実は私も楽しい食事なんか忘れてたの。旦那ももういないし、子どもも孫も来ないし、お友だちだって…なんか気を使うから。中田くんに会えて、なんかついてるって思ってた。」
おにぎりを食べながら、2人で少し話をする。
僕も1人、森下さんも1人。
毎日は少し寂しいけれど、ささやかなこの朝だけは、楽しいと。

「僕、仕事向いてないかなって悩んでます。今週もやっぱり怒られて。」
「できないことは、聞くしかないわね。来週はやってみる前に聞いてみたら?」
「…はい。」

森下さんは友だちのように僕と笑ってくれる。

この日以来、毎週土曜日雨の日以外は、こんな朝を過ごしている。

歳の離れた友だちになれたらいいなって、そう思う。

#短編小説
#創作
#鹿野がんこさんの写真お借りしました感謝
#歳の離れた友だち

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