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【短編】中の人は違う人 #絵から小説 #3000字


俺は知ってる。
アイツは見た目がおかしいけど
中身はまともな奴だって。

俺は知ってる。
少し変わった奴だけど、
けっこう良い奴なんだって。

みんなは知らない。
アイツは自分以外を生きている。

無印良品がアイツに急に似合わなくなった。
無印が変わったんじゃない。
アイツの見た目が変わったんだ。


どんな服なら似合うのか
行き着いた先が古着屋だった。

「こんな服、買ったことなかったのにね。」
ハットを深く被って
髪を見せないようにしている。

ブリーチされてしまった髪は
白で、ところどころ金色だった。

手にした服は、
七色のマーブリングみたいなTシャツと、
太めの腰で履く穴の空いたジーンズ。
黒のボタン、銀色の糸が目立つ、
背中に黒で絵が描かれた白いシャツ。

靴はオレンジ色のナイキ。

試着室で合わせてみると、
しっくりきてしまう。

「見てよ、松田。
昨日も着てたみたいに似合うよ。」
「デートじゃないんだからいちいち呼ぶな。」
「いや、俺こういう服わからないから…。」
26の男が、服を買うのについて来いなんて
俺に甘えるにもほどがある。
高校時代からの付き合い。
どこか人間の感情が死んでいる。
「俺もわかんねーよ。」
「もう一つ見せるから待ってて。」
「その服は?」
「買う。」
カゴを俺に差し出してくる。
「何?」
「松田、もうひとパターン探してきて」
ハットを外した素顔。
こんな服装になっている自分を
仕方なく受け入れようとしている笑顔。
似合わない髪型。
バランスが悪くて今にも崩れそう。

「普段着が、そっちいっちゃったら
ますます古典やるなって言われるぞ。」
「だって、この髪に似合う服、
こんなのしかないでしょ。」
俺より少し背が小さくて細い。
見上げてくる顔が無表情に変わる。
着たくもない服を着ているんだ。
しょうがない。
「しょうがねーな、
思いっきり派手な服
探してくるよ。」
「ありがとう。」

自分を着せ替え人形みたいにして
何着も服を選んで着る。

リサイクルショップを兼ねた古着屋は、
たくさん買っても財布の底をつくことはない。

着てきたえんじ色のジャージ素材の
上着に合わせて薄めの色の太めのデニムを
選んでやった。

リーバイスもエドウィンも履かないのに
どこのものかわからないデニムを履く。

服は好きだったはずだ。
こんなヤケクソに買い漁るヤツじゃなかった。
全部、髪型がおかしいせいだ。
いくら仕事とはいえ、
こんな髪型にされたら
感情を殺すしかないだろう。
服を選ぶ俺が腹が立っている。

「小野カツよう、嫌もんは断れよな」
選んだ服を渡しながらつい言ってしまった。
金色の髪と薄い顔。
マイナス感情の無表情。
トップギアの作り笑顔は、嘘をついている時。
「別に嫌じゃないよ」
試着室で試しに着た服はカゴに入っている。
「この調子だと、きものまで
変えなきゃいけなくなるぜ?」
「そうだね、カブいたヤツ探してよ」
仕事で趣味まで死んでいく。
「なんなんだよ、お前の仕事。
落語まで犠牲にして」
コイツは、仕事の一環で
美容室のサロンモデルを始めた。

俺とコイツは落語が好きな素人落語家だ。
古典落語に派手な髪型が似合ってないと
周りの大人がコイツを嫌い始めた。

「全然、笑ってもらえなく
なっちゃったよね、俺」

口は笑ってるけど目は死んでる。
汚れた白猫みたいな髪の毛が、
コイツの全てを殺してる。

黒いストレートのパンツ、
何柄かわからない黒いシャツ。
ニューエラの黒いハット
「おい、髪以外、真っ黒じゃねーか。」
「良いでしょ。いないみたいで。」
「いるじゃねーか。」
「……消えたい。」
見た目がコイツの邪魔をしていた。


慣れは怖くて、
会うたびに派手になっていく
コイツに驚きもしなくなる。
平成22年。初夏。
コイツも俺も30歳。
たまたま取れた春風亭小朝の落語のチケット。
阿武隈川のそばにある
ふるさと会館の客席は、
小朝の親子酒にのめり込んでいた。
緑か茶色かわからない髪色のコイツは
相変わらずハットを被っている。
「松田。」
「ん?」
「小朝も金髪なのに古典やってるよね」
仲入りで、帽子を取った。
俺はその姿を見て小朝とコイツを比べる。
「…まーな。」
「なんで俺は古典やるなって言われたの?」
小野カツは
髪の色が派手になってからずっと改作ばかり。
白日の告白、東京タワーラブストーリー、
午後の保健室、すみれ荘201…
喬太郎ばっかり頭に入れていた。
ただ、高座にはかけなかった。
一度、新作でひどい目にあったからだ。
苦肉の策は古典の改作。
ウケることはなかった。
客が見た目で拒絶する。
「松田先生……古典がしたいです。」
「…バスケがしたいです
みたいに言われてもな。」
「俺、落語好きなのに。」
「知ってる」
仲入り後は涙を拭いてお別れを。
カラオケする新作だ。
終演後、小野カツがため息をつく。
「結局、最後は新作だった」
「客が笑いたがってたからな。」
「ホール落語なんて見るもんじゃない。」
小野カツは、どちらかというと古典派。
「何期待してたんだよ?」
「芝居の喧嘩」
「それ、講談だろ。」
「やってるよ、権太楼」
「小野カツ、権太楼好きだからな。」
「喬太郎の方が好きだよ」
「新作四天王だろ?」
「古典もすごいんだよ。知らないの?」
「知らねー。俺、圓生派だから。」
「聞きな、キョンキョン」
小野カツが久しぶりに
普通に笑っているのを見た。

帰りの車で駐車場の入り口が混んでる間、
土手に上がって阿武隈川を見た。
夕陽のオレンジに染まる。
「何色なの?夕陽は」
小野カツに急に聞かれて夕日を見た。
眩しい。目を細める。
「オレンジだろう?」
「朝日は?」
「…オレンジか?」
「本当は違う色かもよ」
時々掴みどころがない。
土手を歩く小野カツの今日の服
チェックの黄色のシャツ。
襟を立てていて、全然似合っていない。
「その服はどこで買った?」
「ヤバい美容室の店長がくれた。」
なるほど、他人の服か。
「サイズもあってないし、似合ってねーよ」
「髪の色、アッシュグリーンなんだって」
「あ?」
「俺ら二十歳くらいの時に
薬局にいっぱい売ってた色。」
「ふーん。」
「緑と黄色は相性良いでしょ?」
「まあ」
「俺には似合わないけど、
店長は、これがイケてるってさ。
サロンモデルは看板だから着ろって
いらない服押し付けられたのかもね。」
顔は見えない。
感情を殺してマネキンになってるコイツを思う。
「松田は、医者だから
広告会社の正社員がこんな仕事してるなんて
信じらんないよね。」
「…よく4年もやってるよな。」
「呆れないで。」
「呆れてはいないよ」
「褒めてよ、がんばってるでしょ。」
夕日が沈んで暗くなってくる。
緑色の髪の毛も色がわからなくなる。
「北海道の研修で
おもしろい女子高校生に会ったんだ。」
鈴木光希という紋別の高校3年生のこと。

俺は一所懸命話を逸らす。
そんな仕事やめろって思ってるけど、
無責任に言えないからだ。
「やりたくないことをやってる時
無表情になることに興味があるらしい。」
「ふーん。」
その子は小野カツの写真を
携帯で画像保存していた。
こんな顔をしているのは
やりたくなくてやってることなんじゃないかって
そう話してきて見せられた。
「俺、内科だから、
心療内科のことは答えらんなかった。」
振り返る小野カツ。
「その子に
何も考えてないからだって
教えといてよ」
土手から降りて、駐車場を歩く。
車は裏口近くに停めていた。
ちょうど出てきた小朝が
タクシーに乗るのが見えた。

「小朝…」
「派手な私服」
「俺か?」
「だな」

午後5時、夕焼け小焼けの防災無線。
失礼だけど2人で笑った。


#絵から小説
清世@会いにいく画家さん企画
#お題B

#髪色 #服選び #見た目
#短編小説 #オリジナル小説

清世さんの企画、明日まで開催中ですね。
三本目も書いてみました。
無理矢理オムニバスを作ってみました。
小朝師匠の悪口みたいになってますが、
小朝師匠は好きです。

清世さん、ステキな絵、
絵から物語を考えること
楽しかったです。
ありがとうございました。

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