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【ショートショート】睡眠バブル崩壊

『7時間』

忙しいサラリーマンや家事・育児で忙しい主婦にとってなかなか確保できないその時間。
そう、睡眠時間のことだ。

そんな多忙な人々の悩みを解消する、ある商品がA社によって開発された。その名も「寝だめマシーン」だ。そのマシーンを使えば、なんと寝だめをした睡眠時間を別の日に繰り越せるようになるのだ。
平日に仕事や飲み会でどうしても睡眠時間が確保出来ないサラリーマンや子育てで忙しく細切れでしか寝ることが出来ない主婦にとっては夢のような商品で、人々の予想通り「寝だめマシーン」は爆発的なヒット商品になった。

「寝だめマシーン」の実績のあるA社は次なる製品を世に送り出した。その名も「寝だめ時間送受信機」だ。その機械を使えば銀行振り込みをするのと似た要領で他の人と睡眠時間をやり取りする事が出来るのだ。

それまでは自分で睡眠時間を確保する必要があったが、この商品のお陰で活動をしたい人は他の人から睡眠時間を購入し、一方で睡眠を取る時間がある人は睡眠時間を積極的に売るようになった。

特にエリートサラリーマン達は、この商品を愛用していた。これまでは平日に3時間の睡眠を取るのがやっと、休日も出社し6時間寝るのがやっとで、とてもではないが自分で寝だめする暇などなかったのである。
それが、他の人から睡眠時間を買えることになり、「今まで以上に仕事に打ち込める」と、睡眠時間を大人買いし更に長時間労働に勤しむようになった。

この流れは加速し、A社は「寝だめ時間送受信機」を改良することで、睡眠の時間だけでなく質も授受出来る仕組みを作る事に成功した。

これによって、より長く、かつより質の良い睡眠は高値で、逆に短く、かつ粗悪な睡眠は安値で取引されるようになった。一時は粗悪な睡眠が誇大広告で販売され大きな社会問題となったが、その問題を解決する為に政府が介入した。この問題が「睡眠市場取引所」の整備のきっかけとなった。「睡眠市場取引所」の整備により、まるで株式市場のように睡眠が取引されるようになった。

朝のワイドショーでは連日「睡眠市場取引所」の話題が取りあげられ、今日の「日本睡眠平均価格(通称、日睡平均)」が報道された。日睡平均が世の中の注目を集めるにつれ、日睡平均はうなぎ登りに上昇し、中には良質な長時間睡眠を販売することで億万長者になる人も現れるようになった。

そんな話題の「睡眠市場取引所」の陰で、毎日寝ずに働き続けるあるエリートサラリーマンがぼそりと呟いた。
「なんで一生懸命働いている俺たちより、ぐっすり寝ている奴らの方がお金を稼いでいるんだ」

そして誰も睡眠時間を購入しなくなり、日睡平均は暴落した。
後に語り継がれる「睡眠バブル崩壊」の瞬間である。

                           (了)

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