もう届かない③【短編小説】
洗面台で顔を洗っているとき、お兄ちゃんと後ろから声がした。
鏡越しで後ろを見ると、妹の澪が怪訝そうな顔で見ていた。
「どこか行くの?」
「買い物だよ」
「何買うの」
「・・・服」
嘘・・・と持っている手提げ鞄をワザと落とし、大袈裟に反応してみせる妹。
「何、虐め?」
「別に命令されて買ってくるわけじゃない」
「じゃあ何で急に」
「俺もお洒落くらいするさ」
「ちょっと待って。今除霊の方法を」
「取り憑かれてない。検索も詮索もしなくていい」
妹は手に持った携帯電話片手に、目を細めて見てくる。
「まぁいいや。そっかぁ。お兄ちゃんにも春が来たか」
「だから、そんなんじゃない」
私は嬉しいよ、と満足そうに頷く妹。
7歳年が離れている中学二年生の妹だが、俺の保護者のつもりだろうか。
「誰と服を見に行くの?」
「一人だけど」
「・・・なんかごめん」
謝られた方が返って心をえぐる。仕方ないじゃないか。唯一の友人の亮介はきっと飲み潰れているだろうし。
「私、一緒に行ってあげようか」
「絶対に止めてくれ」
以前、妹が小学生4年生の時の話。一緒に歩いていただけで肩身が狭い思いをしたものだ。
顔が整っている妹と一緒に歩くと好奇な目で見られる。
「なんで?お兄ちゃん何を選んだらいいのかとか分からないでしょ。お洒落の『お』がわからないでしょ」
「調べる。大体お前学校だろ」
「午前中に終わるの。もうすぐ終業式だから」
「それでも、気持ちだけ受け取っておく」
ふーん、と言いながら妹が腕組みをして何か考えている。
「別に良いんだけどね。でも、本当にいいの?自分で言うのも何だけど、私、センスはいいよ?」
そう、確かにそれはある。僕が選ぶよりよっぽどいい服の組み合わせを選んでくれるだろう。
「どっちを選ぶ?一時の恥ずかしさか、デート中の恥ずかしさか」
そんなこと言われたら、流石の俺も悩む。
悩んだ末、よろしくお願いしますと頭を下げた。
したり顔で頷いてくる妹。
「それじゃ、また昼からね」
一つにくくった髪を揺らし、手を振りながら洗面所を出て行った。
背に腹はかえられない。俺は妹が帰ってくるまで家の用事を済まして待つことにした。
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やっぱり少し後悔した。
歩く度に「おかしなカップルがいるものだ」と言ったようにまじまじと通行人に見られる。
「だから嫌だったんだ」
ぼそっと言うと「何が?」と惚けたように聞いてくる妹。なんでもない、と答えておく。
「それで?髪も切るんでしょ」
「何で分かる」
「いや、服より優先度高めでしょ。そっちの方が」
確かこっち、と妹が先導し始める。
そうか、少し距離を開けて歩いたら問題ない。
少し気持に余裕が出来る。
「あった。ここ」
案内された店は、初めて来た場所だった。外観は白で統一され清潔感を感じさせる。中には既に客が何人もいた。
「高そうだな」
「大丈夫。お友達価格で割引してくれるから」
「待て待て。ここはお前の友達がやっている場所?」
「そうだよ」
「嫌だよ」
我が儘な兄だなぁ、と妹が溜息をつく。
「あのね、お兄ちゃん。ここは普段中々予約が取れないの。それを無理やりお願いしたの。折角私がお兄ちゃんの為に・・・」
そう言って俯く。この状態の妹には弱い。
母は俺が中学二年生、妹が小学一年生の頃に亡くなった。
家族を支えるのは俺の役目、と父は言っておりより献身的に家族を支えた。
俺と妹と言ったら、そんな父の負担にならないよう、家事は徹底してやった。
妹は、泣き言も言わず、家の中では笑顔でいた。
でも、そんな妹も我慢が限界に来たときにはこうして俯いていた。
「悪かった。ありがとう」
そういうと、どういたしまして、と笑って店の中に入っていく。
店は二階建てになっており、案内されたのは二階の一番奥の席だった。
妹が「爽やかな感じで」と勝手に注文している。
じゃあまた、と妹はそのまま下に降りていった。
俺はされるがまま髪の毛を切られる。店員は30代くらいだろうか。人が良さそうな笑顔で話しかけてくる。
「よくできた妹さんですね」
「出来過ぎなくらいです」
俺は苦笑する。そうは言っても、妹もちゃんと反抗期もあった。悲しくて駄々をこねたこともあった。
今もまだ、反抗したい年頃なのかも知れない。
毛量たっぷりの髪の毛はどんどんと短くなったいく。
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「いいじゃん」
店の前で待っていた妹が満足げにそう言ってきた。
俺の短くなった髪を触って「短くなったね」と笑う。
「今日はありがとう」
先ほどの店員にそう話しかける妹。
まさか友達って・・・。俺の困っている反応に気付いたのか、違うよ、と首を振った。
「この人は、私の同級生のお父さん」
「あ、そういうことか」
てっきりこの男性と何かしらで知り合った仲だと思ってしまった。
「いつもお世話になっています」と頭を下げる。
「いえいえ。こちらこそ」
「ねぇ、この髪に合うワックスない?」
妹がそう聞き、男性はワックスを棚から取り出して渡してきた。
「これ、きっと合うと思うので。差し上げます」
「え、それは流石に」
「いいじゃん、貰っとけば」
「お前な・・・」
そのやり取りを見て男性は笑う。
「いいんです。本当に内の娘は澪ちゃんに良くして貰ってるんで」
妹が俺の脇腹を小突いてくる。また自信満々の顔だ。
お礼を言い、店を出た。
「次は服だね。おすすめの所あるからそこに行こう」
「また友達の居る所じゃないだろうな」
短くなって違和感がある髪を撫でながら聞くと、そんな色々なところにいないよ、と答える。
案内された店は、レトロな雰囲気を感じさせた。中に入ってみると、落ち着いた洋楽が流れており、服も多種多様にある。
「お兄ちゃん、身長は高いからね。Lサイズを」
色々な服を手に取って俺にあててくる。
「そういえばさぁ。相手、どんな人なの?」
これは違うな、と言いながら妹はまた違う服を取る。
「彼女とかじゃない」
「そんなこと聞いてないよ。お出かけでしょ。どんな人?」
「どんなって言われたら・・・。まぁ、高嶺の花みたいな奴」
服をあてていた妹の手が止まった。
「二人きりで会うの?」
「ああ」
「騙されて」
「いやだから、騙されてない」
ならいいけど、と再び妹が選び出す。
そうは言ったものの。本当に騙されてないといいきれるだろうか。自分と会うメリットが彼女にあるのか?かといって、俺は騙したところで何もならないような存在であるのとも確か。
「私はその人、良いと思うけどな」
「何が」
「見た目で選ばない人ってことでしょ」
なんて失礼な妹だ。
「私、お兄ちゃんは世界一優しいと思ってるからさ」
純粋な目で笑いかけてくる。
そんなことはない。
「うん、これがいいよ」
選んだ服は薄茶色のニットと黒のアウターと黒のパンツだった。
試着してみる。ここまでお洒落をしたのは何時以来だろうか。
ずっと、勉強一筋だった。
「開けるよー」と妹が返事も待たずに開ける。
「いいじゃん。これで完璧だよ」
会計を済ませ、店を出る。
「それじゃ、私今からデートだから」
「は?」
「なに」
「デートの日だったのに、買い物に付き合ったのか?」
「いいのいいの。毎日がデートみたいなものだし」
「それなら、ってことにはならないだろ。というより、彼氏がいたことも初耳だ」
「内緒にしてたからね。それじゃ、また」
妹は楽しそうに手を振って駅の方へ歩いていった。
「世話しない・・・」
だけどまぁしかし、長時間付き合わせてしまったことに関しては、また別の形でお礼をしよう。
俺も心機一転、楽しそうに家路へ帰っていった。
#短編小説 #創作
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