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「何を変え、何を守るか」を見極める、眼差しの獲得: Design Dialogue #4 レポート
2022年2月21日、「Design Dialogue」の第4回として、持続可能な「望ましい未来」の形を描くことを目的としたトランジションデザインについて、インスピレーショントークとインタラクティブセッションの場を設けました。
本記事では、当日に行われたプレゼンテーションやディスカッションの内容をダイジェストでお届けします。
トランジションデザインは、なぜ今注目を集めているのか?
まずは、IDLデザインディレクター辻村から、トランジションデザインについてのイントロダクションを行いました。
今回のイベントのテーマは、後半でご登場いただくパナソニック株式会社デザイン本部の皆さんとの「未来ビジョンを考える上での方法論にはどんなものがあるか?」というディスカッションから広がってきたものです。数ある手法の中から、比較的新しく、日本での実践例はもとより、世界的に見てもまだ実績の少ないデザインリサーチの方法論であるトランジションデザインが選ばれ、プロジェクトを進行してきました。
まずは、トランジションデザインが今注目されている理由を、過去60年間のデザインの潮流から紐解きます。
1960・70年代に起こった、プロセスを分析する「人間中心主義デザイン」や、1980・90年代のコンピューターの登場に伴う「ユーザー中心主義デザイン」を経て、90年代以降から今日まで複雑化した世界における「厄介な問題」にデザイナーたちは向き合っています。
この問いに対するひとつの解として、人間中心の思考から脱却し、生物や動植物、またはAIといった人間以外の知性などを含めた、世界を構成する様々な視点に基づく「多元的なデザイン」の可能性が示されています。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/75789271/picture_pc_b00ab6c3fc7fef14be7dd593b05c9cf3.jpg?width=1200)
IDLでは上記のテーマにおいて、様々な企画に取り組んできました。
ポスト人間中心デザインに向けたトランジッション
Transition Design for SX ゲスト:岩渕 正樹さん
Nature-based Innovation - 駒ヶ根フィールドワーク
そして、現代が抱える「厄介な問題」に対処する為に開発された方法論が、歴史に「厄介な問題」の起源を探索し、それを起点として望ましい未来への移行をデザインする「トランジションデザイン」という手法です。トランジションデザインの特徴である「長期的」「多元的」「学際的」という3点の中でも、このイベントでは「長期的」という点にフォーカスし、歴史を起点とした未来デザインについて対話を深めました。
歴史の観点を未来に活かす
今回のプロジェクトで長期的視点=歴史学習の専門家として監修をしていただいた、東京大学大学院特任講師の池尻良平先生をゲストにお招きし、トランジションデザインが持つ可能性についてアカデミックな観点からインスピレーションをいただく時間を設けました。
学生時代は東京大学文学部で歴史研究をしながら教員を目指していたという池尻先生。年号や事件を暗記するだけの歴史教育に違和感を持ったのがきっかけで、歴史を現代に応用する教育工学研究の道に進むようになったそうです。
開発中の教材などはご自身が運営される池尻良平のオープンラボで公開されており、誰でもアクセスが可能。イベント当日は、公開された教材のひとつである歴史タイムマシーンをご紹介いただきました。
![歴史タイムマシーン](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/75789711/picture_pc_4b460d087a3a56b4fff88aca8bf4601b.jpg?width=1200)
この教材は、日常生活で目にするニュースのキーワードを入力すると、関連する歴史事象を一覧で表示するものです。自分が興味を持ったキーワードを起点に長期的な視点でインプットができるため、アイデアや思考の幅を広げることができます。
上記のような領域をご専門とする池尻先生から、「私たちにとって歴史はどんな意味を持っているのか」を改めて考える糸口として提示いただいたのが、「歴史観」という概念です。
![歴史観の変遷](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/75790023/picture_pc_a86959c614a6a18fab9f79220a8863f2.jpg?width=1200)
多くの人にとって「歴史」という言葉は漠然とした、普遍的な概念として認識されていますが、実は人類にとっての「歴史」という意味は、時代によって変遷して来ました。
遡ること数千年、過去の出来事に関する初めての記録、すなわち「歴史」という概念は古代ギリシャで誕生しました。洪水や戦争をはじめとする災害が数十年単位で繰り返されていた時代では、歴史は繰り返すものという「円環的歴史観」で捉えられていました。
その後、中世ヨーロッパでのキリスト教の普及と共に、歴史観にも変化が生じます。神学に基づいて、神が創った世界や、未来まで含む人類の歴史を考える「終末論的歴史観」がベースになっていきます。
そして近代以降は、科学の勃興による宗教性の排除の影響で、史料に基づいて解釈の再現性を高めるための個性記述的歴史観や、マルクス史観のような発展的歴史観が根付くようになりました。また、現代では循環的歴史観も注目されています。
![意義](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/75790251/picture_pc_a90338834230d06a6fade8b80d514fe5.jpg?width=1200)
このような歴史観の変遷から、歴史から学ぶ意義を2つ定義することができます。
歴史上の社会問題の原因の観点を現代の類似した社会問題の原因分析に応用できる(例えば、労働問題という現代の社会問題の原因を、思想や企業文化、国際関係など、歴史的な広い視点に基づくことで多面的に分析できる)
歴史上の社会問題に対する解決法の観点を現代の類似した社会問題の解決の生成に応用できる(自分の目の前にある解決法は唯一解ではなく、過去の問題に対する解決法の観点を応用して別の方法を発想できる)
![](https://assets.st-note.com/img/1649143813123-PakinIXi1A.jpg?width=1200)
このような特徴を活かした事例として、池尻先生が開発したカードゲーム教材を活用して実際に高校で行われた授業をご紹介いただきました。
このゲーム教材は、「ルイ14世の王政下で手腕を振るった財務大臣コルベール」のように、当時の社会を活性化した人物が現代の日本で実行しそうな方法を想像し、お互いに改善し合うルールで進行します。授業の前と後で高校生が書いた、日本の経済を活性化する方法を比較したところ、出てきたアイデアの数が増え、バリエーションも広がったそうです。
未来起点のデザインに歴史的尺度を取り入れる
池尻先生のインスピーレーショントークを受け、このような歴史的視点から得たリサーチ結果をどのようにプロジェクトに活用するかというテーマで、パナソニック株式会社デザイン本部FLUXチームの皆さんとIDListでディスカッションの時間を設けました。
![画像5](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/75790924/picture_pc_16f1a9b6cb0cec0ebfb4cefa966f10bd.jpg?width=1200)
「未来のUXを考える」を最大のミッションとして掲げるFLUXチーム。空調や照明をはじめとする、人々の暮らしを支える商品の5年、10年先の姿を描き、先行商品開発のデザイン方針を策定されています。AIやDXの影響によるニーズの多様化や、人種差別や気候変動といった地球規模の問題の切迫に伴い、ペルソナニーズに合致する商品の大量生産から、実現したい未来に沿った開発アプローチへと転換の最中にいます。
その中でトランジションデザインの活用に至った理由として「特定の誰かに質問をする」という手法に依存することに対して疑問を持っていた、とFLUXの浅野さん。「こんな未来を創りたい」という強い意思を醸成するための手法として、イマーシブリサーチとトランジションデザインを軸に、開発を進めるようになったといいます。
![画像7](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/75793225/picture_pc_cac2c441a9cd789d3830ffb9947d51bb.jpg?width=1200)
「地球規模の巨大な課題に対して、社会規模の価値観の移行をデザインする」ための手法として、カーネギーメロン大学で2012年に提唱されたトランジションデザイン。気候変動、生物多様性の喪失、天然資源の枯渇、貧富の差の拡大など、「厄介な問題」に対処することが前提になっているため、扱う領域が膨大で「総合格闘技的なデザイン手法」と言われるほど。今回掘り下げる長期的視点に加え、多元的(それぞれのローカルが持つ多様性)、学際的(多様な分野の知見を活かす)な思考が求められます。
歴史事象の読み解き方と使い方
![画像8](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/75794300/picture_pc_c3729373bb72537a702664389fd60097.jpg?width=1200)
「サステナブルな食」をテーマにしたプロジェクトでは、中心事象として「稲藁」をピックアップ。江戸時代における稲藁の発生と衰退を起点に、因果関係を捉えるマクロ視点調査と、生活の中における意義を捉えるミクロ視点調査を組み合わせ、サステナブルな食の在り方の変遷をリサーチしました。
トランジションデザインによって体系化された膨大なデータは、モノを使う前後の文脈や動機、使うためのスキルや人との関係性を可視化し、アイデアの飛躍に有効でした。例えば、資源の枯渇を江戸時代と現代の共通項として捉えると、当時の知恵を現代に活かすアプローチの可能性を見出すことができます。更に発想を広げると、江戸時代のコンポストトイレのような、電気を使わない生活様式の災害時の活用など、アイデアの種も生まれました。
一方で、膨大な情報の取捨選択には課題感も残っています。
文献化されてない知恵の発端のような希少性の高い情報を得るには、情報を整理するよりも、カオスな周辺情報に浸ってみる方が有効ではないかと感じる一方で、プロジェクトの収収束を考えるとそこに時間を割けなかった。(IDL 白樫)
江戸時代にはわざわざお金を払ってまで人間の廃物を回収していた下肥という職業が存在する。彼らに対するネガティブ感情の有無はサービスデザインにおいてヒントになり得るような気がしたが、そこまで細かい感情の分析は難しかった。(FLUX 浅野さん)
上記のような可能性や課題を共有した後は、トランジションデザイン的な思考と融合した実際の商品をFLUXの中川さんからご紹介いただきました。
![](https://assets.st-note.com/img/1650350279814-Kk2OWz5l3Y.jpg?width=1200)
伝統産業とともに日本の感性とモノづくりの原点を探るプロジェクトで、京都の手作り茶筒の老舗「開化堂」と共同開発されたワイヤレススピーカー。プロジェクトの初期は、開発チームのアイデアは話題性や奇抜さに偏りがちだった一方で、職人さん達の視点は遥かに長期的で、「どのように事業を受け継いで行くか?」を常に考えていたのが印象的だったと中川さん。
そのコントラストから、「何を変えて何を変えないべきか?」という問いが生まれ、開化堂がずっと変えずに守ってきた「手のひらにおさまる商品」というコンセプトから 「手のひらの中の家電体験」というテーマが生まれたといいます。
従来の商品開発で意識が向きがちだった、他社との差別化や市場の流れを飛び越えて生まれた、「こんなことができたら楽しいんじゃないか」「こんな体験を実現したい」という、こだわりが詰まったアイデアたち。「何を変えて、何を守るか」を見定めるために、まさにトランジションデザイン的な、長期的、多元的、学際的な思考が活きた事例となりました。
終わりに
理論的なインスピレーションから実践的な事例まで、多様なインプットのあとは少数のブレイクアウトルームに分かれ、濃密なディスカッションが行われました。参加者の皆さんの専門性とトランジションデザイン的思考が融合し、様々な意見が引き出されたと思います。
今後とも、IDLではインスピレーショナルなトピックと関連するデザイン手法をテーマに、様々なイベントを企画していきます。イベント情報はニュースレターやSNS公式アカウントでお届けしますので、ぜひ登録、フォローをお願いします。
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