【体験談】部活と上下関係と苦悩(2)
(続き)
道場の扉
チラシを見つけ、剣道部を見に行くことを決めました。
当日、チラシに書かれた場所に向かうと、既に部活は始まっているようでした。
(あいにくにも、その日は部活の時間が1時間早まっていた日なのは後々知る。)
体育練のドアを開けると、剣道独特の発声とドシンドシンとした地響きが聞こえてきました。
靴を脱いで、音の鳴る方向へと向かうと、大きなドアが立ちはだかりました。
ドアの向こう側に、高校の剣道からは想像もできないほどの人数の多さを感じ、無性に不安と緊張を覚えました。
ドアの取っ手に手をかけ、緊張を吹き飛ばすように勢いをつけてドアを思いっきり引きました。
見学開始
押しのドアでした。
ドアを押しました。
すると、数センチ動いて何かにぶつかりました。
「いてっ」と、ドアの向こうから聞こえました。
あ、人いたんだ。くらいに考えていると同時に、ドアが開きました。
そこでは、大きな鎧に包まれているために男か女かもよくわからない人たちがドアすれすれに立っていました。
どうやら、地稽古するのを待機している人たちのようでした。
地稽古とは、簡単に言えば、対戦相手を探して、空いた空間を使って審判無しで戦うといった感じの実戦練習です。
空間を広く使って戦うため一斉に稽古できず、稽古できる人は順々になります。
その様子を僕が把握すると同時に、ドア付近の人たちが一斉に僕の方に視線を向けました。
「お前誰?」と言わんばかりの視線に一瞬戸惑いを感じました。
そんなことは気にせずに、「見学させてください」との旨を目の前の人たちに伝えました。
そこからはスムーズでした。
異国の地で間違えずに目的地行きの電車に乗れたような安心感がありました。
ドアの近くにいた人の一人が、僕を剣道場の端まで案内してくれて、椅子を出してくれました。
みんなが立っている中、ゲストと言わんばかりのもてなしに多少の恥ずかしさを感じながらも、剣道を30分くらい見学をしました。
何も情報のないまま、練習風景を見たため、衝撃を受けました。
剣の振りの速さや、技のレベルの高さが恐ろしく洗練されていました。
レベルたけぇ。と固唾を飲んだのを今でもよく覚えています。
稽古の途中、一人の汗だくの男が僕のところに来ました。
「新入生?剣道やってたの?どこ高?」
と矢継ぎ早に言葉をかけられました。
いや、その時の心境からしたら「かけていただいた」が適切に思います。
この時に話しかけてれた人は、後々一番仲良くなる同期であることは、この時知る由もありません。
その男と軽く雑談をした後、稽古が終わったらすぐに〇〇という部長に挨拶に行くように言われました。
「わかりました。ありがとうございます。」
僕はタメ口の同期に、よそよそしく敬語を使ってお礼をし、稽古が終わるまで座り続けました。
稽古が終わると同時に、よく分からない掛け声がかかりました。すると、十数人が一斉に走って飛び散り、道場の外へと消えました。爆弾が爆発するのを逃げるかのようなスピードでした。
なんだあれ。と思う僕をよそに、
散った人以外は、ノロノロと立ち上がり、
「あー疲れた。」
「この後、カラオケ行かね?」
とばかりの雑談を余裕な姿で話ながら、防具を脱ぎ始めました。
僕は、情報が整理しきれないのを思考停止して、言われた通りに、部長へ挨拶しに行こうとしました。
防具にはタレネームと言われる名前が付いているため、部長はすぐにわかりました。
部長は、「俺、優しい人だよ」と感じさせる温かい振る舞いで、部活のことを説明してくれました。
部長と話す中で、僕はこの部活に入ろうと決めました。単に、強い人たちと剣道がしたくなったのでした。
「じゃあ明日はこの時間に稽古があるから、来てね」
「了解しました。今日はありがとうございました。」
軽くお礼を言って、その日は帰宅しました。
剣道部入部 一日目。
道場に行くと、男女十数人が山積みの道着を畳んでいました。
軽く挨拶をして、そこにいる全員が一年生の同期であることを知りました。
そして、率直に疑問に思っていることを訊きました。
・道着と袴をなぜこんなに畳んでいるのか。
・昨日、全員が一斉に散ったのはなにか。
答えは一言、「一年の仕事」でした。
よくわかりませんでした。
僕の高校では、一年の仕事は掃除。
それだけでしたから。
話を聞いていくと、「一年の仕事」とは多岐に渡ることを知りました。
・基本的には走らないといけない
・稽古前には、先輩の道着と袴を畳み、防具と竹刀を並べて先輩の稽古準備をする。
・稽古終わったら水を一人一人に配る
・稽古終わったら他部に使われる前に洗濯機を確保する
・その後、全員分の洗濯をして、干す
(洗濯が全部終わり、干し終わるまで帰れない)
・先輩がシャワーを浴びる前にタオルを準備する
・先輩がシャワー室で脱いだ道着と袴を洗うかどうか注文をとり、管理する
・稽古時間以外は「お付き」と言われる先輩の側近となり、命令される雑務を行う
毎日の基本的ルーティンは以上だと言われました。
目の前が真っ白になり、
「これがいわるゆる体育会系というやつか。」と、自分の知らない世界に複雑な思いを抱きました。
てか、水くらい自分で飲めよ!道着も自分で洗えし!先輩だからってそんなに偉いんか!と腹の中で思ってはいても口には出せませんでした。
仕事内容を聞いただけで、5歳は老けた気がしました。
ただ、剣道がやりたいだけなのに
その日、僕は入部していましたが、
実際には見学者でした。
稽古終わり
稽古はめちゃめちゃ疲れましたが、なんとか終わりました。
稽古が終わると、前のように一斉に周りがブワァと散りました。
少し遅れて、
「あ、俺も動かないといけないんだ。」
と、同期の背中を追いかけました。
水を出すのを手伝いました。
先輩たちの半分は水を「いらん」と言い、早々とどこかへ行きます。もう半分の人たちは飲み終えて、同じくどこかへ行きます。
みんな喫煙所に行っているようでした。
吸っている人もいない人も全員で喫煙所で喋るのが風習なようです。
道場には一年生と女子部員だけになりました。
僕らは、男の先輩の汗だくの防具を抱えて、外に干しに行きます。
僕は少し潔癖なので、なるべく少ない指で防具を持ちます。
自分でやらんのか。と少し思いながら。
「先輩が戻って来るまで待機だな。」
同期からそう言われて、一人で廊下に座ってくつろぎました。
一気に疲労を感じました。
他の同期は、高校の上下関係も厳しかったようで、さらに、みんな実技の選考審査を通って、体育推薦入学をしているため、1ヶ月、2ヶ月前から入部していて部活にも慣れているようでした。
ようするに、僕だけがなにも知らない人。という感じでした。
少し、リフレッシュしよう。
そう思って、体育座りで携帯をいじりました。
そのような僕の前を女子の先輩が通りました。
僕は挨拶をせず、見ぬふりをしました。
これは大きな罪でした。
2分後くらいですかね。
女子の同期が、僕の座っているところに来ました。
「さっき、【僕】の前、先輩が通った?」
「挨拶しなきゃだめだよ」
と言いました。
先輩が通ったら「お疲れ様です」と言わないといけないのがルールらしいです。
当時の僕にとっては、先輩に会うたびに「お疲れ様です」と言葉にする行動は、常識外そのものでした。
どうやら、僕の代わりにその同期が怒られたようでした。
「ごめん、気づかなかった。」
「次から気をつける」
息を吐くように誤魔化しました。
でも、心の中では反省しました。
高校の時、野球部がよくやってたアレをやる日がくるとは。
ちゃんとした部活では、当然の行動なのだろう。
高校生の知識にも追いついていないのか。
そんなことを考えました。
そんなことを考えている間に、先輩がドワドワと一斉にタバコから帰ってきました。
挨拶しなくちゃ。
「お疲れ様です」
よし、言った。これで良いのだろう。
謎の達成感を感じました。
と思ったのも束の間。
男の同期が僕のところに来ました。
「声が小さいってよ、腹から声出せ」
なにもうまくいかない。
一日目は、挨拶が課題になりました。
続く。
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