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不登校母の私を孤独にする人。



一生懸命に年の近い二人の男の子の子育てをしてきた。息子ふたりが思春期に入るとひきこもり、荒れて、不登校になったことで、私は深いうつになり日常がストップしたけれど、いつも不器用ながら一生懸命にやってきた。
うつは今、回復段階にありながら、それでもまだ毎日のように日々ささいな現実に自動的に傷付いたりする。不登校母の私は加害者のような被害者のようなよくわからない感情で、毎朝息子が学校に行かない現実に相変わらず新鮮に絶望できてしまう。

そしてもうすぐ三年たつ。
そんな暮らしの中で、私は自分を苦しめる存在をやっと先日明らかに自認したところ。


ご近所で、学校で、親戚、親、きょうだいの中で、その人はいつでも私や息子たちを孤独にして、みじめにして、逃げ場なく追いつめた。

そしてその人は、誰のことも信じなくて、言動と責任が一致しなくて、感情的で、臆病だからいつも私を道連れに不安にさせて、この先の未来を憂うことを、頼んでもないのに教えてきた。


その張本人を、私はたまたま出先のコンビニで見つけた。


いつも私を苦しめる人。

やっと見つけたその人は、他でもない目の前にいる「自分」、いつの間にか膨らんだおのれのバカでかい自意識だった。


コンビニのトイレに立ち寄った時、鏡に写った自分の疲れきった顔を見て、複合的にからまった思いがせきを切ったように溢れ出た。

私を傷つけるのも、救うのも、全て自分。それ以外は、たとえ夫や親や子供でも、私をどうすることも出来ない、と。

全て自分の選択で今があり、自分の責任で現実が現れ、自分以外は自分を傷つけることも、癒やすこともできない。このことがコンビニのトイレで手を洗いながらなぜか急に腑に落ちた。


そして親にされていやだったことを、今になり親に反抗することで切り離すことができたけれど、こんなにも親と距離をとっているのに、親にされたことを、自分で自分にしていることに気付いた。

自分で自分をどこまでも責めている。


私はコンビニのトイレの鏡に映るしけた顔を、やけに他人事のように見つめた。
もっと自分に優しく生きる、ということがしたいと心から思った。
誰かの言葉に傷つくのは、誰かの言葉を採用したからであり、自らで真に受けたから。
自己に取り入れる言葉を、たくさんの中から選んでいいのだから、もっと世界を広く見て、自分の中に優しい世界を作りたいと思った。




そして同時に、息子たちは何があっても大丈夫とも思った。
つらいことをつらいと言えている思春期をちゃんと送れている。
親に自分のありのままをちゃんと表現している。ふさぎ込むことも病むことも、私は彼らのありのままを受け入れ、精神がちょっと参りながらも、親として寄り添う覚悟でいる。


そしてきっと人生は、つらいことばかりではないはず。つまづくこともあるし、そのつまづきが彼らの人生の今でよかったのかもしれない。無力な母親ながら、生きてさえいれば、彼らが心細い時、何か食べ物を作ったりできる。

もうそれだけで今はいいじゃないか、と思う。
学校に行くとか行かないとか、それだけでは語れないことが、この不登校生活にはたくさんある。







そして私は残りの人生をどう生きるか。
おばさんのモラトリアムは続くけれど、
思春期のモラトリアムと違うところは
とにかく時間がないっていうところ。




なんやかんやとありながら、日々は流れていく。
明日はいつも行くスーパーのポイント5倍デーだったり、色々忙しい。

明日もまた頑張ろうと思う。


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