見出し画像

超短編小説:僕のハル

 見渡す限り、人の群れ。黒スーツ、黒スーツ、黒スーツ。初々しい、緊張した面持ち。会場への列はぬるぬると進む。
「私、法学部です。何学部ですか?」
「医学部です」
「えっ、すごい」
「すごくないですよ。法学部だったら、キャンパス、違いますね」
 そんな短い、続かぬ会話がちらほらと。

 そして、それを押しのけるかのような声がいたるところで響いている。

「テニスサークル!どうですか!初心者も歓迎です!」
 そりゃそうだ、テニスなんて誰もやってないんだから。

「ラグビー部です!マネージャーも大募集!」
 ラガーマンの圧はすごい。おとなしそうな新入生は、困ったように笑いながらビラを受け取っている。

「天文部でーす!みんなで星、見ましょー」
 頭に星を被った男が叫んでいる。到底、星を見ていそうなやつとは思えない。

 声だけでなく、交響楽団やアカペラサークルの演奏や歌声も流れてくる。そして飛び交うビラ。萎縮しきったスーツたち…、の、中に、知っている顔。他学部の同級生だ。なぜ、新入生の中に?と思ったが、どうせ紛れ込んでサークルの勧誘か、ナンパといったところだろう。


「騒がしいねぇ」
 大学の入学式会場。少し離れたところでまったく減っていないビラを抱え、先輩はまるで他人事のようにつぶやいた。

 僕たち『公園研究会』も、他のサークルや部活と同様、新入生の勧誘のため、大学の入学式に訪れていた。しかし、先輩はずっと離れたところのベンチに座って、騒がしい集団をぼんやり眺めているだけなのだ。

「近くまで配りにいきましょうよ」
 僕だって、あの騒がしさから距離を置きたいが、残ったビラが気になってしまう。
「うーん」
 先輩は、返事なのかあくびなのかわからない声を出した。
「もし、新入生が入らなかったら…」
 言いかけた僕を、先輩は制して尋ねる。
「困る?」
 少し姿勢を正して、先輩は僕の顔を見た。

 新入生が入らなかったら。
 メンバーが増えなかったら。

 僕が所属する『公園研究会』は、マイナー中のマイナーサークル。まさに、知る人ぞ知る。
 気まぐれに集まって、気まぐれに近くの公園まで歩いたり、そこで駄弁ったりするだけの活動。参加も自由だし全員で集まることもないので、メンバーがどれくらいいるのかも知らない。
 僕らが配っているこのビラ(実際は全然配ってないけど)には、近所の公園のベンチの絵が描かれているのだが、僕はまだこのビラを作ったメンバーに会ったことはない。
 そんな、奇妙なサークル。

 新入生が入らなくても。
 メンバーが増えなくても。

「困りは…、しないです」
「でしょ?」
 先輩はにやりと笑った。
「あー、疲れたね」
「何もしてないじゃないですか」
「人混みってのはさ、見てるだけで疲れるんだよ。ね、この後、パーッとやろうよ、昼から飲むなんて最高だぞ」
「僕、まだ19なんです」
「えー、まじかー。打ち上げしたかったのに」
「ふたりで?」
 冗談めかして尋ねてみる。
 先輩は僕の顔を見て微笑んだ。

「そ、ふたりで」

 びっくりして先輩の顔を見ると、バチッと目が合ってしまった。

「は、早く、配っちゃいましょうよ」
 何て言えば良かったんだろう。
 情けない僕は慌てて立ち上がり、人の群れへ走り寄ってしまった。
「えー、真面目だねぇ、帰ろうよ」
 気だるげな声を、後ろから。

 流れ作業のように、押し付けるように、初々しいスーツ達にビラを渡していく。

 でも、そんなことをしながら、そんなにメンバーは増えなくて良いと思っている僕がいる。
 先輩を独り占めしたいと、ライバルを増やしたくないと、思ってしまう僕がいる。






※フィクションです。
 マイナーな部活だったけど、勧誘は頑張ったなぁ。懐かしい。



この記事が参加している募集

眠れない夜に

忘れられない恋物語

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?