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超短編小説:猫とおしるこ
やはり11月。日が落ちるのがずいぶん早くなってきた。
寒い。
あたりがすっかり暗くなるなか、俺は公園のベンチにぼんやり座っていた。仕事帰りのスーツのまま、寒い、帰らなきゃ、と思いつつも、すべてが面倒で、結局動かずにいる。
唇がヒリヒリする。乾燥の時期だ。やっぱりコンビニに寄ればよかった。リップクリームを買わなくちゃ。そう思う。そう思うだけ。
ああ、面倒くさい。
こんなに疲れているのにまだ水曜日なのか。
「にゃーん」
足に何かがぶつかる感覚。ぎょっとして見下ろすと、三毛猫がいっぴき、つんとすました顔でこちらを見ている。
「なんだ、お前」
三毛猫は小馬鹿にしたような顔で、ひらりとベンチに乗ってきた。猫いっぴきぶんくらいの距離をあけて。撫でてやろうと手を伸ばすと、「しゃー」と言われた。そっちが近付いてきたくせに。
寒い。三毛猫はなぜか動かない。もしかしたら彼女(彼?と思ったが、三毛猫はたいていメスらしいじゃないか)の定位置なのだろうか。首輪はない。野良かもしれない。
ひゅー、と風が吹く。
「むう」
三毛猫はなにやらつぶやいて、俺に近寄ってきた。かわいいじゃないか、と思ったが、おそらく風除けにしているだけだろう。そっと触れてみると、今度は俺を一瞥しただけでなにも言わなかった。猫ってむやみに触らない方が良いんだっけ。まあいいや、俺はもう面倒くさいんだ。
三毛猫はあくびをした。
俺はつい、某猫用おやつのCMソングを口ずさんでいた。まったくの無意識だ。猫を飼っていない俺でさえ猫を見ればこの有り様なので、あのCMの効果はばつぐんということにしよう。
さっきまでべちゃっと座っていた三毛猫が、突然顔をあげた。そして合いの手を入れるように「にゃにゃ」と言う。
「なんだ、この曲知ってるのか」
「にゃあ」
某おやつの商品名を言ってみる。
「にゃ!」
「食べたことあるの?」
「にゃあ」
もしかして飼い猫?それとも良いもの食ってる野良?
「食べたいの?」
「にゃあ」
つんとしていた彼女の表情が、心なしか和らいで見える。
「ごめん、持ってないけど」
「…」
彼女は再び、べちゃっと座った。
やっぱり寒い。
そろそろ帰らなくちゃ。
「おーい、フランソワ!」
どこかで声がした。すると、べちゃっとしていた三毛猫がぱっと顔をあげる。
「お前、フランソワ?」
「にゃ」
「たいそうな名前ですこと」
「む」
声の主は近くにいるようだが、姿は見えない。彼女(フランソワ?)は俺の膝に乗ってきた。あったかい。俺はそろそろとフランソワ(たぶん)を抱き上げ、声のする方に歩き出した。
「あっ!フランソワ!」
声の主は、高校生ぐらいの男の子だった。
「良かったー!探したんだよ、フランソワ!」
涙ぐむ彼をよそに、フランソワはつんとしている。
「昨日から首輪だけ落としてどっかに行っちゃって…。見つけてくれたんですか?」
彼は、ヒーローでも見るような顔で俺を見る。やめてほしい。
「いや、まあ、たまたまここで会っただけで」
「本当に、ありがとう、ございますっ!」
青年は勢いよく頭を下げる。やめてほしい。
「あの、お礼に何か奢りますから、ジュースくらいですけど」
「そんなの良いよ」
やめてほしい。高校生に奢られるだなんて。
そう思ったが、どうも彼の気持ちがおさまらないようなので(本当に俺は何にもしていないのだが)、近くの自販機でコーヒーでも買ってもらうことにした。
彼はフランソワを抱いたままポケットをごそごそし、器用に小銭を取り出す。
「ブラックコーヒーで良かったですか?」
「ああ、うん」
その時、フランソワが自販機にパンチを食らわせた。
ぴっ
そしてそのパンチは、ボタンに直撃したらしい。出てきたのはおしるこだった。
「わ、すみません!こら、フランソワ、だめだろ…」
「にゃあ」
焦る飼い主をよそに、フランソワはやっぱりつんとしている。俺は別におしるこでも構わない。そもそも何も欲しくなかったわけだし。
「すみません、買いなおします」
「大丈夫、せっかくフランソワちゃんが選んでくれたわけだし」
「本当ですか?すみません、ありがとうございます」
「いえいえ」
俺がフォローしたというのに、フランソワは見向きもしなかった。
フランソワたちと別れ、俺はようやく家に向かって歩き始めた。
両手でおしるこを持つと、じんわりと温かい。
でも、結局、寒い。
帰ったらすること、明日の仕事、週末のToDo…。考え出すときりがない。ああ、リップクリームも買わなくちゃ。
フランソワが選んだおしるこを開けて飲む。甘い、温かい。
いよいよ、冬が来る。
※フィクションです。
秋、すっとばしてませんか…。
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