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超短編小説:ガムシロップ先輩

 佐竹さたけ先輩は影でガムシロップ先輩と呼ばれている。なんでも、アイスコーヒーにガムシロップをしこたま入れていたらしい。そんな噂からいつの間にか『ガムシロップ先輩』というあだ名がついていた。
 しかし、不思議なことに、その噂の出所はわかっていないのだ。誰が言い出したのか、誰がその場面を見たのか。そのあたりはいっさい不明である。

 そこで美玖みくは、自分でその噂を検証することにした。
 もしその噂が嘘だとすれば、『ガムシロップ先輩』とかいうわけのわからないあだ名をつけられた佐竹先輩があまりにも可哀想ではないか。もし本当であれば、アイスコーヒーにはガムシロップが正義だと思っている自分と佐竹先輩は仲良くなれそうだ、と美玖は思った。

 噂を検証するには、『佐竹先輩とアイスコーヒーを飲む』というシチュエーションを設定しなくてはならない。

 ある日。大学の広場にキッチンカーが停まっていた。最近の流行りなのか、よく見かける。いろんなドリンクを売っているらしい。
 美玖は買いに行こうとして、視界の隅に佐竹先輩をとらえた。
「お疲れ様です!」
 さりげなく近付く。
「佐竹先輩!向こうで飲み物売ってるみたいなんですけど、何か買って来ましょうか?」
 佐竹先輩は少し驚いた顔をした後、
「じゃあ、クラフトコーラ」
 と言って千円札を差し出した。
「これで君も好きなもの買って。足りるかな?」
 美玖はありがたく受け取った。
「先輩、ガムシロップはいくつにしますか?」
「コーラだからいらないよ」
「あ、そうか」
 検証失敗。

 別の日。学食で佐竹先輩を見かけたので、近くに座った。
 学食では150円という安さでコーヒーを売っているが、佐竹先輩は無料の麦茶を飲んでいた。

 別の日。サークル後、佐竹先輩を含む数名のメンバーで晩ごはんを食べる雰囲気になった。美玖はうまく輪に入って同行した。
 佐竹先輩はお冷しか飲まなかった。

 別の日。「サークルの後、図書館で課題をしようと思ったのに臨時休業だった」と佐竹先輩が話しているのを耳にした。
 サークルの帰り、美玖は自分も図書館に行こうとしていた空気感を出しながら佐竹先輩に声をかけ、近くのファミレスで一緒に課題をする流れに持っていった。
 佐竹先輩が注文したのはドリンクバーだった。

 別の日。サークル帰りに「暑い暑い」と佐竹先輩が言っていたので、カフェでドリンクをテイクアウトしようと提案した。コーヒーや紅茶のメニューが充実しているカフェだ。
 佐竹先輩は黒糖タピオカミルクを飲んでいた。残念に思っていると
「僕はあのブームが来るずっと前からタピオカが大好きなんだ」
 と、なぜか不満げに言った。

 別の日。佐竹先輩の方から「近くの喫茶店に行かないか」と誘ってきた。佐竹先輩はカフェや喫茶店が好きだが、ひとりでは入りにくいところも多いらしい。
 それは好都合だ。美玖は「いつでも誘ってください!」と胸を張った。
 佐竹先輩はでっかいアイスの乗ったメロンソーダを頼み、嬉しそうにスマホで写真を撮りまくっていた。

 別の日。新しくオープンしたパン屋さんのモーニングを食べに行った。モーニングでは、一部のパンが食べ放題だ。
 佐竹先輩はお皿いっぱいのパンに、ドリンクは100%オレンジジュースだった。
「朝はビタミンCが必要だよ」とのこと。

 別の日。焼肉を食べに行った。
 焼肉屋でアイスコーヒーを頼む人間などいない(美玖調べ)。
 佐竹先輩はデザートのわらび餅と抹茶アイスをさんざん迷ったあげく、両方食べていた。抹茶が好きらしい。

 別の日。抹茶スイーツが有名なカフェに誘った。抹茶のお店でわざわざアイスコーヒーを頼む人間などいない(美玖調べ)。佐竹先輩は抹茶ラテを飲んでいた。
「和菓子が好きなんだよ」
 と、佐竹先輩は嬉しそうに言った。

 別の日。水族館に行った。佐竹先輩は海の生き物が好きらしい。美玖も好きだ。
 帰りに回転寿司チェーン店に寄った。
 寿司屋以外で見たことがない粉末のお茶を飲みながら、「人類はなぜ、水族館に行くと寿司が食べたくなるのか」ということについて議論した。
 佐竹先輩はデザートのメロンを幸せそうに食べていた。

 別の日。以前メロンソーダを飲んだ喫茶店に行った。
「今日から新メニューのプリンアラモードが始まるんだよ」
 と佐竹先輩は目を輝かせていたが、実際は明日からだった。結局、前と同じメロンソーダを頼んでいた。

 別の日。喫茶店にリベンジした。
 佐竹先輩はお目当てのプリンアラモードとアイスコーヒーを頼み、幸せそうだった。
 メニューを見ながら次は何を頼もうか、と話し合い、また来週来ようと決めて帰った。
 そう言えば、話すのに夢中で先輩のガムシロップの量を見ていなかった。チャンスだったのに。

 まあ、良いか。
 次は、先輩と、どこに行こうかな。






※フィクションです。
 ガムシロップ先輩。アルティメットセンパイみたいな語感。特に関係は無いです。


アルティメットセンパイ/ピノキオピー


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