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ほらいずん

ああ、沈んでしまう。太陽が。

広がる海の外がわ。

波は、その地点から発生して寄せてくる。

波は、その地点で産まれている。

他に発生源はないのだろうか。

考えてみよう。

ないはずだ。

この海では、うねりも風もない。

それは、大きな液体が微動だにせず、

大地に張り付いている状態だ。

それは、この星が死んだ星だと、

痛いほど証左している。

冷たい星なのだ。

温度を上げる装置がイカれてしまって、

風も海流もない。

だから、

波は、あの地点から発生している以外にない。


しかし、その地点を見たものは誰もいない。

それは、遠いからでも、

眩しすぎるからでもなくて……。

ただ、そんな“地点”は意味をなさないからだ。

たとえば、宇宙の中のある一点を定めたところで何の意味があろう……。

数の中間値を定めたところで、何か変わるだろうか……(それはゼロだと思われているが)。

ムゲンに対して、定位は意味をなさない。

そこにあるのは、決めたがりのヒトの煩悩。

だから、太陽の沈む位置を誰も知らない。

また、波が馳せてきた。

誰も知らなくていいのだ。

知ることは野暮なことなのだ。

存在可能性を想い、

それに心を向ける。

ただそれだけで、じゅうぶんいい趣味ではないか。

また、波が馳せてきて足をさらった。

次の波のふくらみが、沈みゆく太陽の光を浴び、

耀きながら寄せてきている。

美しかった。

それだけで、じゅうぶんではないか?

Kise Iruka text 121;
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