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ひな祭り、そして新月

今日はきっと慌ただしくなって書く時間がないので、寝る前に言葉を綴ってみよう。


今日は、ひな祭り。
そして、新月。

ひな祭りの思い出はほぼない。
一応、幼稚園〜小学校低学年位までは、父方の祖母が豪華な雛壇を買っていたので飾ってくれていた記憶がある。
常に虐待されていたけれど、そういうところだけはちゃんとしていたな…本当に短期間だったけれど。

そして、地域によってはひな祭りは旧暦の3/3(今では4/3)に行うこともあること、個人的に4/3はわたしにとって大事な日なのでその辺までは雛壇を飾っていた気がする。

そして、母方の実家では大きな雛壇を飾ることはなかったけれど、曾祖母が昔から大切にしていたお内裏様とお雛様を飾っていたことも記憶にある。
割と断捨離が上手な印象だったけれど、大切なものはきちんと残して飾っているんだなと思った。
ものを大切にする人だった。
今となっては、その行方は分からないけれど、それをわたしが譲り受けておけば自宅に飾れてたのにという心残りがある。


そして、今日は新月。
以前こちらに投稿したと思うけれど、この新月のタイミングで、わたしは大事なことをアファメーションしてこころから手放そうと思う。

ずっとこころから出さずに強く願いすぎると、執着心に変わって、結局わたし自身を追い込み辛くなってしまうと感じたから。
そして、何よりわたし自身を労り、生きやすく人生を送る為に必要な行為であり、そのタイミングが延ばしに延ばしていたけれど

「今、このタイミングだ!このタイミングで、ずっと願い続けている思いを手放してわたしはもう少しだけ自分を解放しよう!」

ということを感じたから。

準備物は結局慌ただしくなって不完全ではあるけれど、願いだけ宣言して可視化させてしまえばいい話。
こういうノートにするんだ!という理想は脳内にあるけれど、そこは補足部分だったり装飾部分だから、おいおいゆっくりやればいい。

肝心なのは、アファメーションする中身だから。
まずは、大事なことに集中して、終わったらアファメーションして楽になろうねわたし!

こういうこだわりだらけなわたしを、できないことを責めるわたしを少しだけ受け容れることが出来始めた気がする。


「人間は誰しも完全じゃない。」
「少しやわらかいところがあると、愛される人になるんじゃないかな?」

わたしらしさなんて分からない。
けれど、こだわりや縛り付けているものを解放し、わたしが持っている(らしい)優しさや柔らかさがこれからの人生で出せるといいなと思う。
そのために、縛り付けている気持ちを手放そう。






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