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わたしたちはそれが何百年前の光なのかも知らずに、今はもう消滅しているかもしれない星々を見上げては綺麗だと呟く。今かがやいている星の光を、果たしてわたしたちが死んだ何百年後かに生きるひとびともわたしたちと同じようにこの地球から眺めているのだろうか。
今この瞬間をまっとうに生きている人は一体どれくらいいるのだろう。わたしたちは少しだけ明日を待ちすぎている気がするし、過去や未来に縋りすぎている。ひとは脆いから、そうやって何かに縋らないと生きていけないのかもしれないね、ひとがかみさまをつくり、勝手に信仰をはじめたように。かみさまが人間を創造したと言われているけれど、きっと人間が「かみさまが人間を創造した」という言伝ごと創造してしまったに違いない。この世界においてそれは暗黙の了解みたいになっているからそんなの今更なんてことないような気もするけれど、それってやっぱりちょっとだけこわいことなのかもしれない。そんなことを考えているわたしの頬に冷たい冬の風が無慈悲に吹きつける。秋風はもう少しわたしにやさしかったのにな。
冷たく乾いた冬の空気に包まれたそれぞれの街で、降る雪に見つめられながらわたしたちはそれぞれの道を歩む。足を取られながら、躓きそうな歩幅で、少しずつ。
わたしたちが星を見上げて「綺麗だね」と言うとき、それが何百年も昔の光だということを大抵忘れているけれど、そのことをふと思い出した時、冷たい風が吹きつけて頬がつっぱる時、冬の空気を思いきり吸い込んで鼻の奥がつんと痛む時、ああわたしたちは今を生きているんだと実感するし、雪を搔き分け、足を取られながらも、自分の力で生きてゆかねばならないなと思うんだ。そうやって自らを奮い立たせたわたしの頬にも容赦なく吹きつける冷たい風に歯を食いしばり、両手を硬く握りしめ、息を吐いて思いきり吸う。そうしてまた、鼻の奥がつんと痛むたび、わたしがちゃんと今を生きていることを知る、その、繰り返し。
この冬を独りで生き抜いたら、いつも通りちゃんと春は来るはずだし、そこで手を差し伸べて私のことを待っていてくれている人がいるというのはしあわせなことだ。だから今はその一縷の光に縋らせてくれよ、僅かに発光するその六等星が今も存在していると証明できなくともどうか勝手に信じることくらいは許してくれよ。
遠くで、ひとびとの吐息で真白に霞んだ冬の先で微かに私を呼ぶ声がする。待っててね、今行くよ。

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