サムネ

【第61回】謎の言葉「イツマッ」を解き明かせ(上海旅行記 Vol.1)

「イツマッ、イツマッ、イツマッ」

このおばさんは何を言ってるんだろう。僕はどうしたらいいんだ…。

2017年6月。大学2年だった僕は日本から離れ異国の地で言語の壁に直面し困惑していた。訪れたのは中国の大都市「上海」。ここ20年程で急成長した街であり過去と現在の風景写真を見比べると、その差は歴然である。人口2000万人超えの摩天楼に僕は足を踏み入れたときに、この事件は起こった。

生まれて初めて海外へ行くことにした僕

この出来事から遡ること1ヶ月前のこと。大学でたまたま知り合った先輩から安くチケットを買えるLCC(格安航空会社)を教えてもらい、想像以上に安く海外へといけることを知った僕は、すぐに一番安いチケットを予約して飛び立つことにした。大学生のうちに海外に行きたいと思っていたので場所にこだわりはなく、結果として訪れたのが上海であったわけだ。

当時は、それ以前に働いていたバイトを辞めて数ヶ月が経過しており、チケットを取ったことで一気に金欠になってしまった。無計画にもほどがあるけれども、当時はいろいろと問題を抱えており、それだけ海外に行ってリフレッシュしたいという思いが強かったので後悔はなかった。わずか土日と大学の全休(講義の無い日のこと)を活用した2泊3日の弾丸旅行だとしても、初海外旅行であるから気持ちは高ぶっており、遠足を心待ちにする小学生のように指折り数え、出国日を待った。

しかし、現実は非情なものである。お金がないと現地で楽しむこともままならない。そこで極力消費を抑えるべく機内持ち込みができる7kg以下の荷物で飛び立つことにしたのだ。これがどういう意味を持つかというと、荷物を預けるに必要な数千円が浮くことになるのである。大手航空会社では料金に含まれているのか無料で預けられる場合が多いのだけれどもLCCの場合は、そうはいかない。

また通信費も抑えるべく現地でWi-Fiをレンタルすることにした。正確な相場は知らないけれども日本で借りていくよりは安く抑えられような気がしたからだ。きっと空港のどこかにWi-Fiを借りられるような場所があるに違いない。

こうして僕は普段遣いのかばんに参考書やノートPCが無い分、大学に行くときよりも軽い荷物を詰め日本を飛び立った。

レンタルWi-Fiショップで事件は起きた

降り立ったのは上海浦東国際空港。上海東部の沿岸に位置する空港だ。特に問題もなく入国手続きと両替を終えると、まず初めに通信手段を確保するためにレンタルWi-Fiの窓口を探すことにした。想定と違い空港のフリーWi-Fiは中国の電話番号が必要で使えないというトラブルはあったものの難なく店を発見。

ふぅ…と深呼吸を1つ。これが海外での現地の人との初めてのコミュニケーションになるので流石に緊張する。先程入国手続きはしたけれどもパスポートを渡して印鑑を押してもらうだけでほとんど会話はなかったので、実質的にはこのタイミングが初めてになる。

「Excuse me, could you borrow mobile Wi-Fi ?(すみません、モバイルWi-Fiを貸していただけませんか?)」

英語として正しいのかわからないけれども(特にWi-Fiの言い方)勇気を振り絞って聞いてみた。すると受付のお姉さんがポカンとした顔をする。

ん?なんか間違ったか?モバイルWi-Fiじゃなくて別の言い方がよかったのかな。それとも声が小さい?

「Excuse me, could you borrow mobile Wi-Fi?(すみません、モバイルWi-Fiを貸していただけませんか?)」

もう一度少し大きめに繰り返す。するとお姉さんは「OK」とつぶやくと後ろに引っ込んでしまった。

大丈夫なのだろうかと不安になりソワソワしていると、すぐに代わりのおばさんが出てきた。

「How long?(どれくらいWi-Fiを使うの?)」

どうやらこのおばさんは少しは英語ができるらしい。よかったと胸をなでおろす。

「3days.(3日間です)」

するとおばさんはニッコリと笑い、何か僕に紙を渡してきた。申込用紙らしい。とにかく通信手段を確保できることに安堵し空欄に必要事項を書き終えるとおばさんに紙を返した。それと引き換えにモバイルWi-Fiと領収書が手渡される。金額はどれどれ…。レンタル料が200元(日本円で約300円)に「Deposit」が500元(日本円で約7000円)。合計700元。

なんだろう「Deposit」って…。てか、あれ?全然お金足りなくね、これ。やば。

慌てて財布の中身を確認すると500元ほど。しか持っていない。しまった、もっと両替しておくべきだった。

当時はクレジットカードも持っておらず現金でしか支払う方法がなかったので、ここで財布を持ってパニックになってしまった。

やばいやばいやばい。どうする?一回キャンセルするか?でもこの場合どうしたらいいんだ?英語でなんて言えばいい?そもそもデポジットってなんだよ。

すると焦ってる様子を見て察したのか、おばさんが僕に声をかけてきたのだ。

「イツマッ、イツマッ、イツマッ」

ここで物語は冒頭へと戻ってくるわけだ。

謎の言葉「イツマッ」

「イツマッ、イツマッ、イツマッ」

いったいこのおばさんは僕に何を伝えようとしてるんだ…?わからない。ただでさえ頭がパニックになっているから意図が全く汲み取れない。

「イツマッ、イツマッ、イツマッ」

助けようとしてくれているのは表情からわかる。けれども、わかるのはそれだけ。困ったような表情で首をかしげながら愛想笑いをする日本人的対応しかできない。

「イツマッ、イツマッ、イツマッ」

壊れたラジオのように「イツマッ」という謎の言葉を繰り返すおばさんを前に完全に思考停止してしまい目を伏せた。もう、おしまいだ。これにて僕の初海外旅行は終了。さようなら。



と、視界の片隅におばさんが開きかけた僕の財布を指差していることに気がついた。何か現状が打開できるかもしれないとおばさんの前に財布を差し出す。

「イツマッ、イツマッ、イツマッ」

そう言いながらおばさんは僕の財布の中に入っているあるものを指差していた。

そう、あるものとは「一万円札」である。なるほど、おばさんは「イツマッ」ではなく「一万」と言っていたのか…。

安心するとデポジットがどういったものかを思い出した。保証金や預かり金と訳されるものことである。日本だと交通系ICカードを発行した際に500円のデポジットが発生する。この場合デポジットはモバイルWi-Fiを返却を保証するお金であり、モバイルWi-Fiを返却さえすればデポジットはこちらに帰ってくる。

つまり、おばさんは「イツマッ」という言葉を通じて「デポジットは日本の一万円でもいいよ」ということを教えてくれていたのだ。

おばさんに200元と一万円札を渡すと、モバイルWi-Fiの説明を身振り手振りでしてくれた。どうやら僕の解釈は合ってたらしい。よかった。

謎はすべて解けたというわけだ。

終わりに

この出来事を通じて外国でも言葉が通じなくてもなんとかなることを学ぶことができた。諦めない気持ちが大事である。

ショップのおばさんが優しい人で本当に良かったと思う。大阪のおばちゃん然り、どこへ行ってもおばさんは優しいのかもしれない。

ただそんなおばさんに上海で昼食を盗まれたのは、また別のお話。

※2019/08/28追記

せっかくなのでしばらくの間、上海旅行記を連載することにしました。ぜひ読んでやってください。

>>次の話はこちら【第62回】二重に仕組まれた罠(上海旅行記Vol.2)


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